MELTY BLOOD

MELTY BLOOD
-Re・ACT-

■ストーリーモード■

2/謳え、汝ら蠅の如く
Alice's insanity

Eルート


シオン
「っ………!」

遠野志貴
「――――!」


シオン
「手こずらせてくれましたね。ですがそれもここ
までです」

「シオン・エルトナム。教会の命により貴方を拘
束します。これ以上の抵抗は命に関わると思いな
さい」

シオン
「く………」

遠野志貴
「だめだ、待ってくれ先輩……! シオンは吸血
鬼化の治療方法を調べているだけなんだ。何か事
情があるにしたって、こんな力ずくで連れて行く
なんて間違ってる……!」

シオン
「間違えているのは貴方です。シオン・エルトナ
ムの罪状は、そんな単純な事ではないのですから」

「―――シオン。関係のない市民を巻き込むのは
貴方の本意ではないでしょう。大人しくアトラス
に戻りなさい」

シオン
「……その要求は呑めません。大人しく退散する
のは貴方の方です、代行者」

シエル
「愚かな。まだ無駄な抵抗を続けるというのです
か」

シオン
「はい。それ以上私に近づけば、志貴の命は保証
しません」


シエル
「え?」

遠野志貴
「はい?」

シエル
「そ、それは…」

遠野志貴
「……どういう意味でしょうか?」

シオン
「言葉通りの意味です。シエル、貴方がここから
立ち去らないのなら、志貴の脳を焼き切ると言っ
ているのです。

 私の腕輪にはエーテライトと呼ばれる疑似神経
が収納されています。これがどんな物であるか貴
方なら承知しているでしょう」

シエル
「エーテライト―――そう、何処かで覚えがある
と思いましたが、エルトナムとはあの男の直系で
したか。アトラス院は相変わらずですね。貴方の
ようなキワモノを容認しているのですから」

シオン
ロア人の知識で語らないでほしい。私は貴方の知る
男とは別なのだから」

「ですが話は早い。このエーテライトは志貴の脳
と繋げてあります。貴方が私を仕留めるより、私
が志貴の脳髄を焼き切る方が速い」

遠野志貴
「シオン、君……」

シエル
「……なるほど。初めから人質として使うために
彼を連れていた、という事ですか」

シオン
「無論です。この街において、遠野志貴だけが貴
方に対する交渉材料になるのですから」

シエル
「―――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――」

「……はあ。そこまで開き直られては仕方があり
ませんね。ごめんなさい遠野くん。運が悪かった
と思って諦めてください」

シオン
「――――!」

遠野志貴
「え――――あの、先輩?」


シエル
「シオン・エルトナムに協力している遠野くんも
悪いんですし、自業自得というヤツです。
 ま、脳の神経が多少焼き切れた方が丁度いいで
すよ、遠野くんは」

遠野志貴
「うわー、先輩本気で言ってるーっ!」

シオン
「…………」

シエル
「―――なんて、簡単に結論を下せたら楽なんで
すけどね。
 残念ですが、私はそこまで貴方を信用していま
せんよ、シオン・エルトナム」

「確かに貴方の方が彼を廃人にするのが先でしょ
う。どんなに私の手を尽くしても、それを止める
事はできない」

「もっとも、それは治せない傷ではありません。
 貴方を仕留めた後で彼を治療すればいいだけの
話です」

「……ですが、貴方が遠野くんを操った場合は別
です。わたしでは限定解除された遠野くんには勝
てない。最悪、退く事さえできないでしょう」

シオン
「――――」

シエル
「ここで再起不能にされる訳にはいかない。確か
にシオン・エルトナムの捕縛命令は届いています
が、それは数ある命令書の一つですから。

 目下のところ、わたしの最優先事項はこの街に
現れた死徒の処理。貴方の事は、この件が終わっ
た後でなければならない」

遠野志貴
「この街に現れた死徒って……先輩、やっぱり噂
の吸血鬼がいるんだな!?」

シエル
「ええ。確かに教会で観測され、わたしに討伐令
が下りました。……ですから、今は彼女の捕縛よ
り死徒の殲滅が先です。けれど二度目はありませ
ん。次は見逃しませんからね」

「いいですか、その時までに彼女とは縁を切って
おいてください。

 ……まったく、遠野くんはいっぱいやり残して
いる事があるのに、どうしてこう、自分から厄介
事に首をつっこむんでしょう……」

遠野志貴
「先輩―――見逃してくれたんだ」


シオン
「賢明な判断をした、という所でしょう。彼女に
してみれば、私たちに時間と労力を削くのは効率
が悪いのですから」

遠野志貴
「――――」

シオン
「何でしょう、志貴。何か言いたそうな顔をして
いますが」

遠野志貴
「シオン。さっきの話は本当なのか。俺の頭に何
か繋げているとか何とか」

シオン
「志貴の頭に繋げている訳ではありません。エー
テライトと呼ばれる疑似神経を志貴の頭部に密着
させ、神経の一つとリンクさせているだけです。
志貴の脳にはなんら異状は与えていません」

遠野志貴
「だから、何の為にそんな事するんだ」

シオン
「志貴の位置を特定するのが第一目的でしょうか。
貴方から私の知らない情報を呼び出す事にも使い
ますが」

遠野志貴
「その延長上にさっきの脅しがあった訳か。俺の
神経を焼き切るって言ってたけど、それは実際に
できるのかよ」

シオン
「はい。難しいですが、成功率は高いでしょう」

遠野志貴
「……頭にきた。こういうの、協力関係って言わ
ないだろ」

シオン
「……そうですね。貴方が気分を害するのは当然
です。ですから私は、知らせるべきではないと判
断しました」

遠野志貴
「騙してたってコトか」

シオン
「はい。そうなれば志貴は協力を断るでしょう。
 私としては、貴方のように優れた協力者を手放
すのは良くない。隠すのは当然です」

遠野志貴
「……そう。それじゃ俺がどうしたいか判るな」

シオン
「無論です。先程のは最後の手段でした。使って
しまえばその後には続かない」

遠野志貴
「―――――――――――」

シオン
「志貴が私と別れるのは当然です。どうぞ、この
ままお帰り下さい」

遠野志貴
「―――――――――――」

シオン
「…………志貴。なにか言いたい事があるのでし
たらはっきり口に――――」

遠野志貴
「―――――――――――」


シオン
「――――――――」

遠野志貴
「――――シオン。
 俺が怒るって判ってたってコトは、悪いコトだっ
て判ってたコトだよな」

シオン
「まさか。手段としては最適なのですから、それ
が間違っているとは思いませんが」

遠野志貴
「(じーーーーーーーっ)」

シオン
「――――――――」

遠野志貴
「(じーーーーーーーっ)」


シオン
「―――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――」

遠野志貴
「(……はあ。この子、嘘が上手いっていうんじゃ
なくて、単に嘘が言えないだけみたいだ)」

「いいよ。この話は無しにしよう」

シオン
「え?」

遠野志貴
「だからさっきの件は不問に付すってコト。
 ……まあ実際、いい手だったとは思ってるしさ」

シオン
「は?」

遠野志貴
「だから、ハッタリとしちゃあ最高だったってコ
ト。シオンの判断は間違ってないよ。ああまでし
なきゃ先輩は引き下がってくれないから」

シオン
「――――――――」


「……違います、脅しではありません。
 先程の手段は虚言でも虚勢でもなく、私は本当
に―――きゃっ!?」


遠野志貴
「ばか、こういう時は話に合わせるの。いいから、
いつもみたいに“はい”って言えばいいんだ、シ
オン」

シオン
「は……はい、志貴がそう言うのでしたら―――」

遠野志貴
「よし、それじゃあこの話はここまで。他にもっ
と訊きたい事があるんだから、小さい事に拘るの
は止めにしよう」


シオン
「………………………………………………………
…………………………………………………………
…………………………………………………………
…………………………………………………………」

遠野志貴
「それでさ。先輩はシオンが指名手配されてるっ
て言ってただろ。アレ、どういう事なんだ。君は
吸血鬼化の治療を研究しているだけじゃないのか」

シオン
「志貴の言う通り、私は吸血鬼化の治療法を研究
しているだけです。ですが、それがアトラスの教
えに反してしまった。

 私の所属している魔術協会には一つだけ破って
はいけない戒律というものが存在します。私は自
らの研究の為、その戒律を破ってしまった。アト
ラス院が私を捕えようとするのはその為でしょう」

遠野志貴
「破ってはいけない戒律、か。
 それって、その……人殺しとか、そういう事?」

シオン
「まさか。アトラス院の戒律はただ一つ。
 アトラスの錬金術師は自己の研究結果を外部に
公開してはならない、という事だけ。

 ……けれど、私の研究はアトラス院だけでは為
し得ない。どうしても他の協会の知識が必要と判
断し、私は各協会を回り、新たな知識の対価とし
て私の知識を公開した。

 これはアトラスにとって許されざる行為です。
……私が追われている事は知っていましたが、ま
さか教会にまで手配が回っているとは意外でした。
あと半年は知られない筈でしたが」

遠野志貴
「……む。要するにシオンは他の学校に留学した
んだけど、君の学校はそれを許してくれなかったっ
て事?」

シオン
「……はい。極めて端的に言えばその通りです。
私は自分から反逆者になったのです」

遠野志貴
「反逆者って、そんなおおげ……さ、じゃないの
か。先輩は本気だった。それはきっと俺じゃ想像
できない事なんだろう。

 ……君の事だからルールを破ればこうなるって
判っていたんだろ。なのにどうして自分から禁を
破ったんだ」

シオン
「……私には、どうしても必要でしたから。
 アトラスに留まっていては吸血鬼の研究はでき
ない。あそこにいては、私はずっと間違えたまま
だった。

 だからどうしても、私は吸血鬼化治療の方法を
完成させなければならないのです―――!」

遠野志貴
「……しょうがないなぁ、ほんと。
(だって、放っておけないんだから)」

「よし。それじゃなんとかアルクェイドを見つけ
ださないとね」

シオン
「え?」

遠野志貴
「だーかーらー、シオンにはアルクェイドの協力
が必要なんだろ? なら早くアイツと話をしない
ち。一度約束したんだから、最後まで付き合うっ
て」

シオン
「……つまり、はっきりとは言えないのですが…
…貴方は、まだ私に協力してくれる意思があるの
ですか?」

遠野志貴
「あるよ」

シオン
「私は貴方を盾として使いました。それが最適で
ある以上、今後も使わないとは限りません。
 それでも――――その、」

遠野志貴
「いいよ。だってさ、こっちの吸血鬼捜しだって
シオンの協力なしじゃ難しいし」


シオン
「―――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――」

「はい。わかりました、志貴」

遠野志貴
「じゃ、改めてよろしく。……って、ああ、そう
いえば」

「仲間だっていうのに握手もしてなかったなんて、
抜けてるなあ」

「はい」

シオン
「?」

遠野志貴
「はい、握手。これからもよろしくな、シオン」

シオン
「…………(にぎにぎ)」

遠野志貴
「? どうしたシオン、手を開いたり閉じたりし
て。あれ、もしかして俺の手、汚れてた?」

シオン
「…………(にぎにぎにぎにぎ)」

遠野志貴
「???」

シオン
「(ピタッ)――――志貴」

遠野志貴
「う、え? な、なんだよいきなり、何か悪いコ
トしたか俺……!?」

シオン
「……私の体には無闇に触れないでほしい。アト
ラスから追われているとは言え、私はエルトナム
の跡継ぎです。今後は気を付けてください」

遠野志貴
「あ――――うん、了解」

シオン
「それでは行動を開始しましょう。
 昼間は私が情報収集をしますが、夜は共同で街
を巡回した方がいい。

 私だけで真祖と出会っても意味はありませんし、
志貴一人で吸血鬼と出会うのも危険ですから」

遠野志貴
「え――――って、なんで早足で行くんだよシオ
ン! 待てってば、こっちはさっきのダメージが
抜けきってないってーの!」


シオン
「……やはり、まだ収穫はなし、か」

 寝床に戻ってきた。
 あれから志貴と二人で街を巡回するコト三時間。
 これといった成果はなく、私たちは再開を約束
して別れた。

 志貴は日中のうちに真祖と話をつけてくれると
いう。
 私は、彼の代わりに街の情報収集をしなくては
ならない。




 ――――夢を。

 私は志貴と協力して吸血鬼を捜している。
 同じ目的と違う目的。
 志貴の円とシオンの円。
 中心点は離れているけれど、重なっている部分だけを拠
り所にした、曖昧で雑多な約束。

 ――――見ている。

 彼は私を仲間だと言った。
 仲間。協力者。同年輩のそういう相手は、どう客観的に
考えたって、友人と言うのではないだろうか。

 私たちは二人で吸血鬼を捜している。
 志貴は私に協力してくれて、
 私も彼には協力してあげたい。

 そんな、今まで夢でしかなかった出来事が、さっきまで
起こっていた。

 ――――だから、夢を見ている。

 こんなのは一時の物。
 私が錯覚しているだけの現実。
 目が覚めて期限が来れば、志貴と私は無関係になる。

 私はその時を待っている。
 それが私の目的であり、終着だ。
 ……なら。
 その終着まで夢が続いてくれるとしたら、それは喜んで
いい事なのだろうか――――

 エルトナムの名は、アトラスでは焼き印のような物だっ
た。
 畏怖。嫌悪。敬遠。罪人。
 声にこそ出されなかったものの、私はそういうモノとし
て扱われてきた。
 古くから錬金術を学んできた一族。
 かつては権力と威厳、尊敬の対象であった名門貴族。
 それがただ、かつてそうだったモノにすぎない一族に変
わったのはいつからだったか。

 ……私が生まれた時、エルトナムはすでに没落し、名ば
かりの名門として無視されていた。

 直接的な原因は三代前の当主が掟を破り、アトラスから
離反した事。

 二次的な原因として、私たちの技術が他の錬金術師に怖
れられていた事。

 色々な要素があったのだと思う。
 私はただ、エルトナムの誇りを守る為に優等生であり続
けた。
 周囲がどんな目で見ようが構わない。
 私の誇りは私を誇るモノ。
 だから誰よりも優れた錬金術師であろうと努力し、主席
を取り、あらゆる者に公平で、多くの責任を一任され、文
武に優れた生徒を保ち続けた。

 ……私の中の暗い感情を隠し通して、輝かしい優等生を
演じてきた。

 周囲の者は見抜けなかった。
 私を優等生として扱った。
 私は学長の目に適い、次期院長候補の一人として特別な
権利を握った。
 シオン・エルトナムの将来に闇はない。
 私には何の問題もなく、うまくいけば私の代でエルトナ
ムの汚名を返上する事だって出来ただろう。

――――なのに。
                私は、道を踏み外した。

 何も問題なんて無かったのに。
 私を無視するしか反抗できなかった彼等。
 エルトナムの跡継ぎとして遜色ない能力を持つ自分。
 私の未来に問題なんてない。
 あるわけがない。
 そんな理由が見あたらない。

 だと言うのに、私は疑問に囚われた。
 それがどんな疑問なのか、どのような解を求めているの
か、それさえも解らない正体不明の疑問。
 その微妙なズレは刻一刻と比重を増し、いつしか私はそ
の重さが煩わしくなって――――

 ――――優等生という化けの皮を剥がしたのだ。


シオン
「……熱、い……」

 肌を焼くような陽光で目が覚めた。
 ……時刻は正午を過ぎた頃だ。
 体はまだ眠りを必要としており、体力だって一
向に回復していない。

シオン
「いけない……昼間のうちに、情報を集めておか
ないと」

 約束は守らないと。
 あれだけの事をした私に、なんでもない事のよ
うに頷いてくれた協力者の為に。

シオン
「……この暑さは、確かに辛い、けど……」

 手の平を何度も握る。
 ……残念ながら、そんな事をしても志貴の感触
は蘇らない。
 それでも―――昨夜の感動は色あせてはいない。

シオン
「志貴の手は大きかったな。男性と女性は体格が
違うのだと、実感できたのは初めてだ」

 それに、同年輩の人間と何でもない会話をした
のも初めて。
 この国に来て、予想外の収穫ばかりが増えてい
く。

シオン
「――約束だものね。タタリの情報はもう集める
必要はないけど、志貴が必要だって言うんなら集
めないと」

 重い体を引き起こす。
 私のやるべき事は一つ。
 街に出て、出来うるかぎり人々の噂を収集する
事。

シオン
「それが、志貴の助けになってくれればいいけど」

 まあ、どのようなカタチであれ彼が感謝してく
るのは判っている。

 遠野志貴という人間は呆れるほど人なつっこい。
 そんな彼の反応が新鮮で、私は彼を派手に喜ばし
たがっていた。

シオン
「っ……!」

 吐き気がした。
 目の前が真っ赤になって、このまま倒れてしま
いそうになる。

シオン
「―――いけない。
 今は、情報収集に集中しないと」

 今の私には分割思考をする余裕さえない。
 目的を果たさないと。


 人影のない路上。
 太陽の照り返しが煙る街へと歩き出す。

「――――――――」

 体は苦しいけれど、心はそう苦しくはなかった。
 私は出来うる限りの力で、無人の街並から情報
を収集する―――


 約束の時刻より早めに到着すること十分。
 昨日と同じく、規則正しい足取りでシオンはやっ
てきた。

シオン
「こんばんは、志貴」

遠野志貴
「や。やっぱり時間通りだね、シオン」

シオン
「はい。待ち合わせの時間は決まっているのです
から、遅れる事はありません」

 ……そう言うシオンの顔色は悪い。
 昨日もそうだったけど、日に日に元気がなくなっ
ていくように見える。

遠野志貴
「シオン、君大丈夫か? なんか無理してるみた
いだけど」

シオン
「心配には及びません。体の管理は錬金術師の基
本ですから。そんな事より真祖の件はどうなりま
した、志貴」

遠野志貴
「ああ、それなんだけど、今日も捕まらなかった
んだ。どうも避けられている節がある」

シオン
「―――やはり。そうではないかと予想はしてい
ました」

遠野志貴
「?? そうではないかって、シオンには判って
たっていうのか」


シオン
「断定はできませんが、まず真祖は志貴の前には
現れない。この吸血鬼の噂が静まるまでは。
 ……まあそれはいいでしょう。それで志貴はど
うしたのですか」

遠野志貴
「ああ、なんとか俺なりの方法でアルクェイドを
呼びつけてみた。アイツが一度でも部屋に戻って
いれば、今頃は公園に居る筈だ」

シオン
「……公園、ですか。真祖が最も多く目撃されて
いる場所ですね」

遠野志貴
「? 目撃されてるって、誰に?」

シオン
「街の人々にです。日中、吸血鬼の噂を集めてみ
ましたが、その大部分は真祖に関する物でした。

 曰く、一年前の通り魔殺人の犯人は金髪の女性
らしい。

 曰く、通り魔は吸血鬼らしい。

 曰く、ソレは公園に巣くっていて、一人ずつ街
の人間を襲っていくらしい」

遠野志貴
「な……なんだよそれ。まさか。噂の元がアルクェ
イドだなんて、そんな与太話を信じてる訳じゃな
いよな?」

シオン
「当然です。こんなものはただの噂でしょう。で
すが、これだけ噂が一致すればリアルにもなる。

 真祖は考えなしに夜の街を出歩いているようで
す。だから彼女の噂が最も多い。……他には赤い
髪をした少女が獲物を捜している、というのも有
りましたが」

遠野志貴
「あ、赤い髪の少女〜〜?」


シオン
「……言ってみただけです。とにかく、最も多い
のは真祖が通り魔だという噂です。それを踏まえ
て行動してください、志貴」

遠野志貴
「……解った。とりあえず公園に行こう、シオン。
今日こそはアルクェイドに会わせるから」

シオン
「…………そうですね。一度痛い目に遭った方が
いいでしょう」

遠野志貴
「ん、何か言った?」

シオン
「言いましたが、独り言ですので。さあ公園に行
きましょう、志貴」


 公園に着いた途端、その異常さを感じ取った。
 むせかえるほどの血の匂い。
 肌にまとわりつく夏の夜気をかきわけて奥へと
走ると、そこには――――

遠野志貴
「な――――!?」

シオン
「――――――――」


アルクェイド
「―――」

 白い月下。
 地面という地面を血に染めて、無数の死体の上
に、アルクェイドが佇んでいた。


アルクェイド
「……ふん。失敗したクセになかなか真に迫って
るんじゃない、コレ」

 頭上の月を睨み、アルクェイドは楽しげに笑っ
ている。

 その雰囲気は、どこかおかしい。
 アレは間違いなくアルクェイドだ。
 けれど微妙に、アルクェイド以外の何かが混ざっ
ているような気配がする。

アルクェイド
「あ、やっときた。志貴、人を呼びつけたクセに
時間を守らないんだもの。しかも知らない女と一
緒だし。なんか、頭にきちゃったな」

 クスクスと笑う。
 その雰囲気、漂ってくる威圧感は明らかに異常
だった。
 自制を無くしているというか、お酒に酔った秋
葉っぽいというか。

遠野志貴
「ア、アルクェイド、これは――――」


アルクェイド
「ああこれ? 志貴があんまりにも遅いから、ちょ
っと気晴らし。ちょうど五六人固まってたから遊
んじゃった。

 けど血は吸ってないから安心して。
 そう簡単に血を吸って、自制を無くすようなコ
トはしないから」

遠野志貴
「――――おまえ」

アルクェイド
「なに、怒っちゃった? なら謝るけど、わたし
だって手加減したんだよ? なのに人間って脆い
から、撫でただけで死んじゃった。こんなんじゃ
気は晴れないし、余計ストレスたまっちゃったわ」

遠野志貴
「――――」

シオン
「……違います、志貴。あれは真祖ではありませ
ん」

アルクェイド
「……ふぅん。なぁんだ、誰かと思えば貴方なの、
シオン」

遠野志貴
「え―――知り合いなのか、二人とも!?」

シオン
「…………………」

アルクェイド
「ん? 違うよ、わたしとシオンは初対面。けど
わたしとこうして遭うのは二回目よねぇ、シオン・
エルトナム・アトラシア?」

シオン
「志貴。彼女が街を荒らしている吸血鬼です。こ
の状況と彼女を見れば説明するまでもないですが」

遠野志貴
「な……いや、それは違う。違う、筈だ。だって
アルクェイドはこんな――――」

シオン
「アレはアルクェイド・ブリュンスタッドではあ
りません。そうですね、アルクェイド・ブリュン
スタッド?」

アルクェイド
「ええ。わたしはアルクェイドではないわ。ただ
アルクェイドなだけなのよ、志貴。

 ……あ、ますます混乱させちゃったか。じゃあ
判りやすく言うとね、アルクェイドの偽物ってと
ころかな」

遠野志貴
「偽物……それなら納得できるけど、おまえは」

シオン
「偽物に見えない、と言うのでしょう。
 それも当然です。アレはアルクェイド・ブリュ
ンスタッドですから。

 もともとあの死徒……“タタリ”には、偽物や
本物といった概念はない。
 アレはただ、人々の噂を纏っただけの醜悪な吸
血鬼―――」

アルクェイド
「ふん、三年ぶりだって言うのに相変わらずね。
けど、貴方のそういうところは嫌いじゃないわ。
 だって、シオン・エルトナムはあらゆる出来事
を敵に回した筈だもの。

それでも私を追ってきたコトは喜ばしいわ。
ええ、生かしておいて正解だったかしら」

シオン
「貴方の目的が自滅であるのなら正解です。私は
タタリを止める為に来た。
 消滅させる事はできずとも、おまえの邪魔をす
る事ぐらいは出来る―――!」


シオン
「ぁ……くっ……!」

アルクェイド
「お馬鹿さん。貴方、わたしを前にして正気を保
てると思うの?」

「さあ、楽にしてあげるわ。本当は貴方を次にし
ても良かったのだけど、真祖の体の前には見劣り
するものね。
 ……ほんとう、いつも間が悪い娘」

シオン
「ぁ……志、貴……」

アルクェイド
「っ―――!
 ……なによ志貴。わたしの邪魔をする気?」

遠野志貴
「……あのな。そんな訳ないだろう、馬鹿」

アルクェイド
「?」

シオン
「?」

遠野志貴
「俺はおまえの邪魔をするんじゃない。その、ア
ルクェイドとそっくりな顔でくだらねえ事をした
おまえを、解体し尽くしてやるだけだ」

アルクェイド
「―――へえ、人間にしては凄い殺気。……これ
なら確かに、今の大口も許せるかな」

遠野志貴
「――――――――」

アルクェイド
「いいわ、遊んであげる。志貴と遊ぶのなら気晴
らしにもなるでしょうから!」


遠野志貴 vs. アルクェイド


勝利
H 夜にその名を呼べば

敗北
I 七夜を名乗る

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