MELTY BLOOD

MELTY BLOOD
-Re・ACT-

■ストーリーモード■

5/虚言の王
AGITATOR

Lルート


遠野志貴
「くっ……!」

ネロ・カオス
「悪くない。流石はナンバー・10。
 かつての私を上回るポテンシャルだ」

「だが―――これだけの条件下において、これで
は些か物足り――――」


遠野志貴
「なんだ……アイツ、薄れていってる……?」

シオン
「――まだ早い。所詮ネロ・カオスは志貴だけが
強く思い描いた不安。概念性を持つほどの“噂”
に成熟する筈もない。あの状態のタタリを殺す事
は誰にも―――」

遠野志貴
「その隙、貰った……………!」



ネロ・カオス
「ぬ、」

シオン
「――――」

ネロ・カオス
「これで、貴様に貫かれたのは二度目か」

「なるほど。いかに我と同格の祖と言えど、例外
の前には脆いもの。
 貴様が姫君を招き寄せ、同時に我をこのような
カタチにしたイレギュラーか」

「まあよい。二十七祖になど成ったところで面白
味に欠ける―――我が終局体には、オリジナルこ
そが相応しいからな」


シオン
「―――信じ、られない」

 無様にも、そんな呟きをこのしてしまった。
 遠野志貴の眼は物の死を視る。
 それはカタチに対する殺害ではなく、むしろ意
味の殺害に近い。

 そんな事、彼からデータを引き出した時点で知っ
ていた。
 それでも私は理解しきっていなかったのだろう。

 彼が、生粋の死神と言うことを。

シオン
「……完全にカタチに成っていなかったタタリは
情報体にすぎない。それを、物理的な衝撃で消去
するなんて――」

 なんてジョーカー。
 彼ならあるいは、本当に―――人間では理解で
きない幻想種をも殺せるのではないか。

遠野志貴
「消えた……倒せた、のか?」

 志貴は半信半疑だ。
 ……それは先程の死徒に手応えがなかった、と
いう事からではあるまい。

 元々、情報にすぎないタタリには確かな手応え
などない。
 彼はそんな事を超越したセンスで、仕留めた相
手の生死を敏感にかぎ取っているのだ。

遠野志貴
「シオン、今の」

シオン
「……ええ、これで終わりです。志貴が捜してい
た吸血鬼は消滅しました」

遠野志貴
「――それは、本当に?」

シオン
「はい。犠牲者が出る前にタタリを無くせて良か
ったですね、志貴」

遠野志貴
「――――――――」

 ……嘘をついた。
 明らかな虚言に、彼は気が付いただろうか。
 それでも彼に否定する方法はない。

 彼にとって、タタリを知り得る情報は私だけだ。
その私が「終わった」と言うのだから、頷くしか
ないだろう。

遠野志貴
「そうか。わかった」

「で、シオンはどうするんだ? タタリっていう
死徒は、その……倒して、しまったけど」

シオン
「真祖に協力が得られなかった以上、この街にも
志貴にも用はありません。すぐにでも立ち去りま
す」

遠野志貴
「? アルクェイドの事はいいのか」

シオン
「ええ。もとより彼女から協力が得られる可能性
は低かった。交渉が失敗したのなら、二度目はあ
りません。

 彼女とも無益な交渉にかける時間を、治療法の
追究に回すべきでしょう。
 私は、初めからそう決めていましたから」

遠野志貴
「そうか。いいけど、それなら」

 さっき帰れば良かったのに、と。
 ごく自然に言いかけ、彼は止めた。

シオン
「――――――――」

 志貴の言い分は、正しい。
 私にとって、今夜のタタリ捜しなど意味のない
事。

 タタリを真祖との交渉に利用する、なんていう
のは無意味だと私は判っていたのだ。

 だから。
 さっきの私はとても低い可能性を採用して、志
貴と吸血鬼捜しをした事になる。

遠野志貴
「シオン? どうしたんだ、まだ顔色が悪いぞ、
君」

シオン
「いえ、心配には及ばないのですが」

 つまり私は、例え僅かと言え、打算なしで志貴
と一緒に行動した。
 それは何故かと思考して、答えはあっけないほ
ど簡単に出た。


 ――――なんだ。
 つまり私は、彼に好意を持っているのか。

シオン
「――――――――」


遠野志貴
「な、なんだよシオン。急に人の顔じろじろ見て」

シオン
「――――――――」

 志貴は慌てている。
 よほど私の態度は普通ではないのだろう。

 うん、私も実感している。

 いくら今まで異性や同年代の人間と話した事が
なくて。
 いくらそういった物に興味を持っていたからっ
て。

 人間はこんな簡単に、人間に好意を持てるよう
になるなんて知らなかったから。

 胸が苦しくなると言うか、妙に顔が熱くて困る。
 錬金術師の基本は自己のコントロールだという
のに、これでは落第だ。

 でも、まあ。
 これは、そう悪い感覚ではないみたい。

 地面を走っていた犬が、空を飛んだらこんな昂
揚を味わうんだろう。
 そう思うと不思議に嬉しくなって、途端。

シオン
「っ………………………!!!!!!」

 ―――あの吐き気が、こみ上げてきた。

遠野志貴
「シオン? 君、さっきからなんかヘンだぞ。やっ
ぱり休んでいた方がいいんじゃないのか」

シオン
「……気分が悪いので帰ります。志貴の街を騒が
していた吸血鬼も消えたおですから、私たちの協
力関係もここまでですね」

遠野志貴
「うん、まあそうなるね」

シオン
「それではここで。さようなら、志貴」

 ……志貴からエーテライトを外す。
 これで彼と私を繋いでいた糸は切れ、私たちを
繋いでいた契約も終わった。

 そうして彼に背中を向けた。
 吐き気は収まり、同時に、先程の昂揚もなくなっ
た。

 ――それで、今までの奇跡のタネが解明できた。

 私は人間に好意を持った事がなく、
 自分に嫌悪感しか与えていなかった。

 だから耐えられた。
 あの、乾いて乾いてどうしようもなくなる衝動
に。

 いまだ半人前の私を突き動かすのは感情だ。
 その感情が、否、物を好むという感情が乏しかっ
た私は、衝動さえ乏しかったのだろう。
 だから三年間も耐えられたのだ。

 しかしそれも限界。
 この先人間に好意を持とうが持つまいが、私の
体はとうに限界を迎えている。

 もう吸わないで体を維持できるレベルではなく
なっている。

 ……ただ、それでもプラスはあった。

 吸血鬼になる前の人間。

 吸血鬼に噛まれ、
 吸血鬼になるしかない人間を堕としめる衝動の
源は、ただ、


 “他人が欲しい”という、
 そんな単純な感情だと、知れたのだから。





 ……熱い。
 喉が渇く。
 もうどのくらいの間、私は喉を潤していないのだろう。

 日が昇れば痛む体。
 代わりに得た以前とは段違いの身体能力。
 それも当然だ。
 運動量が増えたのだから、摂取しなければならない栄養
も増える。
 普通の食事では間に合わない。満たされない。乾きが消
えない。

 赤色で、血液は、苦悶より、絶叫を。
 そういった背徳でのみ癒える体。

 私はずっと、
 三年前からずっと、そんな誘惑に耐えてきた。

 ―――あの夜。
 タタリに噛まれたあの夏。

 ……熱い。熱い。熱い。

 喉は喉と貼り付いて、まるで頭を切り取られたかのよう。
 私の首は浮いていて、体とはリンクしていないみたい。
 首と胴を繋げる方法はただ一つ。
 吸血鬼の手足は神経では繋がらない。
 吸血鬼を繋げるモノは、赤い赤い血液だけだ。
 しかも他人の。
 吸血鬼は、誰かの血を奪わなければ生きていけない。
 ……私はやらない。絶対にするものか。
 アイツと同じ行為なんてイヤだ。
 他者から奪わなければ存在できない自分なんて、間違っ
ているんだから。

 ……けれど、同時に納得している。
 優れた生命、巨大な生命力を維持する為には、より多く
のエネルギーが必要なのは自然の摂理。
 吸血種は人間より遥かに優れた生命だ。
 だから人間と同じ栄養摂取では、とうてい比率が合いは
しない。

 つまり赤色とか血液とか苦悶とか絶望とか。

 そう言った通常では有り得ない、
 けれどエネルギーとしては絶大な栄養が必要なのだ。

 解っている、判っている。
 錬金術師であるのなら、理に適う事は正義の筈。
 ならば吸血種は正義ではないのか。
 彼等の行いはともかく、生物としての彼等は何も間違え
てはいない。

 だから血を吸う事は恥辱でもなんでもなくて、当然の行
為の筈。

 ……けれど、私はそれを拒み続けてきた。
 判らない。
 どうして私は、こんなにも“人間である事”に拘るのだ
ろう。

 ……解が合わない。
 数値をどこかで間違えている。
 だからいつまでも疑問が解けないんだ。

 けれど、と冷静な頭で思う。

 それなら私は一体、何時、何処で、何を、間違えたとい
うのだろう―――


シオン
「……何を、間違えて」

 ……と。
 自分の呟きで目を覚ました。

シオン
「……夜。ようやく満月になった」

 それがタイムリミットだ。
 熟成した噂がタタリとなる夜。

 私の本当の目的、
 この身を吸血種へと変貌させた、
 エルトナムの敵を討つ刻。

シオン
「これで終わり。どうなろうと、明日になれば」

 私は終わっていると思う。
 ……三年間。
 アトラスにも戻れず、教会からも逃げ続けて、
ただヤツを追いかけ続けた三年間。

 その間に得た物が、吸血衝動は他者への行為か
ら発する物だと判っただけ、か。

シオン
「……結局。何が間違えていたのかさえ、私には
判らなかった」

 答えが欲しかったわけじゃない。
 ただ、シオン・エルトナムという私のどこか間
違えていたのかだけが知りたかった。

 答えなんて必要じゃなかったのだ。
 何故なら、それは。

「―――だって。
 答えを出したところで、私がつまらない人間だ
という事に、変わりはないのだし」

 ……間違いを正したかった訳じゃない。
 ただその間違いを知りたかっただけ。


 ……だというのに。
 それだけの望みが、私には果たせなかった。

シオン
「―――行こう。今夜が最後の夜だ」

 私は路地裏から歩き出す。
 目指す場所はただ一つ。
 この街が一望できる神殿、私と彼が初めて話し
たあの場所だ―――

 建設途中の高層ビル。
 奇しくもシュラしんでんインと名付けられたここが、私
の夜の終着だ。

 タタリの収束場所が何処であるかなんて、初め
から判っていた。
 私は代行者や狩人のように、吸血鬼の気配をか
ぎ取ってこの街にやってきたのではない。

 あらかじめタタリが何処を出現場所に定めたか
を計算し、答えを出してやってきたのだ。
 私はこの位置に訪れ、結果として、その周りに
この街があっただけ。

シオン
「じき時間か。私は、今度こそ」

 一人でも、タタリを仕留めなければならない。



シオン
「――――――」

 全身が凍る。
 アンナモノに太刀打ちできる筈がないのだと思
考が停止する。

 それも当然。
 アレがどのようなカタチになるか、実際に対峙
しなくては判らない。

 正体がいまだ無い相手のデータはとれない。
 錬金術師は情報と戦う者。
 だというのに、これから立ち向かう相手はその
情報さえ有りはしないのだ。

シオン
「――――行こう。じき零時だ」

 震える足を、凍り付いた理性で進める。

 と。

遠野志貴
「あ、やっときた」

 ビルの入り口には


遠野志貴
「やあ。今日は一時間遅れだな、シオン」

 気軽に手を挙げて挨拶する、彼の姿。

シオン
「………………………………………………………
…………………………………………………志貴?」

シオン
「そうだけど……なんだよ、そんなお化けでも見
るような顔して」

シオン
「だって――――その、どう、して?」

遠野志貴
「どうしても何も、約束したじゃないか。俺たち
はお互いの目的の為に協力するんだろ?
 ならまだ何も終わってない。シオンの目的、ま
だ結果が出てないんだからさ」

シオン
「――――」

 ……そうか。
 要するに、とぼけたようでいて、彼は全て見抜
いていたんだ。

 少し、呆れた。

 エーテライトを抜いてしまったから、彼が何を
考えているのかは判らない。
 それでも志貴がどれほどお人好しなのか心底解っ
てしまった。

 彼はまだ吸血鬼が滅んでいない事も、
 今まで私が隠していた事も知ってなお、
 今まで通りにシオン・エルトナムを待っていた
のだから。

シオン
「……確かに私の目的はまだ一つも達成できてい
ません。ですがそれは私だけの問題です。
 志貴の目的は昨夜果たされた。志貴が私を待っ
ている理由はないと思いますが」


遠野志貴
「そうかな。悪いけどそんな気はしない。とにか
く確認しないと気が済まないし、ツメを誤って本
当に殺人鬼が現れる、なんて事はイヤなんだ」

「俺の問題もまだ中途半端なんだから、ここで降
りる訳にはいかない。

 ……ま、シオンの目的とは近いようで遠い気が
するけど、途中までは一緒だろ?
 ならもう少し一緒にいよう」

シオン
「それは構いませんが、ここから先は責任は持て
ません。死の危険があった場合、私は志貴より自
分の身を優先します。それでもいいのですか?」

遠野志貴
「あいよ。俺も自分第一でやるから気にしない気
にしない」

シオン
「ふん、どうだか」

遠野志貴
「? 何か言った、シオン?」

シオン
「志貴の言葉は信用できないと言ったのです。
 けど、私も気にしません」

「志貴は、信頼できますから」

遠野志貴
「――――」

 そうして、私たちはビルの中へ入っていく。
 先程の震えが嘘のように軽い足取りで。

 それは私が嬉しいからだろう。
 誤魔化さず、はっきりと、私は喜んでいる自分
を認めた。

 ……それは、思っていたより恥ずかしくはない、
どちらかというと誇らしい気がする。

 ―――では気持ちを切り替えよう。

 後はこのまま全力で、この心を志貴に気づかせ
ないよう、今まで通りに振る舞うだけだ――


 エレベーターが上がっていく。
 電源は生きていなかったが、シオンがちょこっ
といじるだけでエレベーターは動きだし、こうし
て二人で屋上を目指している。

遠野志貴
「なおシオン。昨日、確かにタタリってヤツが化
けたネロを倒したよな。けどタタリはまだ残って
いる。……それって、つまり本物のタタリを倒さ
ないとダメってコトなのか?」

シオン
「いいえ。タタリに本物も偽物もありません。
 ……そうですね、たとえ志貴でもタタリを完全
に殺す事はできないでしょう。アレは、二十七祖
の中でも特別な死徒ですから」

遠野志貴
「は?」

シオン
「タタリは永遠である事を他者に依存した死徒。
そういった意味で、異端者と呼ばれた転生無限者
ロアとタタリは同じですから」

遠野志貴
「ちょ、ちょっと待ってシオン……!
 君、今なんて言った……!?」

シオン
「? ああ、ロアの事ですか。志貴はロアとは因
縁がありましたね」

遠野志貴
「そうそう……って、そうじゃなくてその前!
 その、タタリってヤツをなんて言った、君!?」

シオン
「死徒二十七祖の一人、と言いましたが。
 ……む。そう言えば、志貴には言っていません
でしたね」

遠野志貴
「言ってないって―――二十七祖ってアレだろ、
死徒の中で一番強いヤツらの集まりだろ!?
 タタリがそんなとんでもないヤツだなんて聞い
てないぞ、俺!」

シオン
「それはこちらの手落ちでしたね。
 ちゃんと説明しますから、そんなに怒らないで
ください」

「タタリは他に類を見ない吸血種です。

 死徒とは人間のみを吸血対象とする吸血種を指
します。

 死徒は大本の吸血種である真祖に吸われた二世
か、あるいは自ら吸血種となった人間です。

 この中でも最高位とされる死徒を、一般に二十
七祖と称します」

「その二十七祖の中で一人、その正体はおろか姿
さえ不明とされるモノがいます。

 死徒たちでさえ彼が何者なのか知らず、教会の
追跡さえ届かない。おそらく他の祖ですら、ソレ
と対峙した事はない。

 ソレは実在するかどうかさえ怪しい吸血鬼。
 だと言うのに、確固として二十七祖として君臨
する謎の存在。

 それがタタリ―――ナンバー・13、
“ワラキアの夜”と呼ばれる吸血鬼です」

遠野志貴
「ワラキアの夜……それ、先輩から聞いた事があ
る。教会は二十七祖の住処は全て把握しているっ
ていうけど、その中でただ一人住処が特定できな
いヤツだとか……」

シオン
「ええ。タタリ――いえ、“ワラキアの夜”に住
処なぞ存在しません。もとより、アレはこの世に
は存在しないモノなのです」

遠野志貴
「……この世には存在しない……? それって、
もう死んでるってコト?」

シオン
「いいえ。肉体が滅びたとしても、幽体として未
だ存在する祖もいます。
 単純に肉体が滅んだだけでは、二十七祖と呼ば
れる吸血鬼たちは消滅しない。

 そういった事ではなく、“ワラキアの夜”は本
当に存在しないのです。

 ある一定の条件が揃わなければ永遠に現れない
死徒。
 けれど条件さえ揃えば永遠に存在する死徒。
 それが“ワラキアの夜”が体現した不老不死」

遠野志貴
「不老不死、か……死徒でさえ永遠ではないが故
に永遠を求める……だっけ」

シオン
「それは転生無限者ロアの言葉ですね。
 ええ、“ワラキアの夜”は彼にとても酷似して
います。永遠を自己にではなく他者に依存した点
が」

「死徒は不老不死ではありますが、永遠ではあり
ません。他者の血を飲み続けなければ保てない不
老不死は、その実不老でも不死でもないのですか
ら。

 多くの祖はその不完全さを完全にする為に手段
を講じ、未だ完成に至っていない。
 そんな中、自身に永遠を課すのではなく、他者
に依存する永遠を試みた死徒がいました。

 一人はミハイル・ロア・バルダムヨォン。
 才能のある赤子に転生する事で永遠を実現した
死徒。

 そうしてもう一人が“ワラキアの夜”、
 ズェピア・エルトナム・オベローン。
 彼はロアとは別のアプローチで、他者に依存す
る永遠を実現しようとしました」

遠野志貴
「ズェピア・エルトナム・オベローン……って待っ
た、エルトナムってシオン……!」


シオン
「黙って。彼の名に関する事は、彼の正体の説明
には無関係です。追究は時間の無駄ですから」

遠野志貴
「――――」

シオン
「彼が目指した物は、他者に依存する永遠。いい
え、環境に依存した永遠と言うべきでしょう。彼
は生命としてではなく、自らを一つの“環境”に
奉り上げようとしたのですから」

「いかに優れた生命体であろうと、それを上回る
生命体には敗北を余儀なくされる。
 生命は破壊されれば終わり、死んでしまえば消
えてしまう。

 けれどある条件によって発生する“現象”であ
るのなら、破壊されようが死に絶えようが関係が
ない。何故なら、再び条件が成立すれば“発生”
するのですから」

「ズェピアはその発生条件を、人間の想念に定め
たのです。

 ……そうですね、極端に言ってしまえば台風の
ような物です。一定の低気圧によって発生する台
風は、条件さえ揃えば何度でも発生しその脅威を
現します。

 たとえ志貴が台風という自然現象さえ殺せたと
しても、台風自体は世界さえあれば何度でも発生
する。
 タタリはそれと同じです。

 ―――人間の世さえ続けば永遠に発生し続けら
れる噂、死に纏わる情報を依代とする社会現象。
 そうして生まれたモノが祟り。ワラキアの夜、
と呼ばれるに至った吸血鬼」

遠野志貴
「――ごめん、シオン。もうちょっと判りやすく
言ってほしい」

シオン
「方向性はありませんが、方向性さえ有れば与え
られた方向性通りの物事を起こすエネルギー、と
思ってください。

 ズェピアと呼ばれた死徒は第六法と呼ばれる神
秘に挑み、これに敗北したと言います。
 ……それでも流石に死徒と言うべきでしょうか、
彼は完全に敗北した訳ではなかった。

 システムそのものを書き換える事はできません
でしたが、システムに留まる事はできたのです。

 第六法に敗れたズェピアの体は霧散した。
 けれどその霧散は彼が望んだ通りの霧散でした。
 ズェピアという死徒を形成していた強大な霊子
は拡散し、世界に留まった。

 本来、肉体から離れ大気に散った霊子……魂の
ような物は、そのまま無に落ちていきます。
 これは弱い流れが大きな流れに取り込まれるの
と同じで、抗えない自然の働きです。

 肉体という檻から解放された霊子は、意思すら
も解脱した為に流れに逆らうという方向性がなく、
大体である無に落ちて次の変換を待つのだとか。

 ……けれどズェピアはそうなる前、まだ生きて
いた頃に「タタリ」という方程式を完成させた。

 ある一定の条件が整った地域ならば、彼の霧散
した霊子は地域で発生した“噂”に収束し、再び
現世に蘇る。

 ズェピアという魔術師は、人間が滅びるまでの
スパンで祟りが発生するであろう地域を計算した。
あとは千年単位での航海図を作り、その通りに自
分の死体が流れるように仕向けた。

 無論、そのルートは情報・状況によって無限に
枝分かれする一方通行の物です。

 ズェピアはそれを循環するルートへと編み換え、
ズェピアという意思が消えた後でも、“霧散した
自身”がそのように移動するようにプログラムし
た。

 ズェピアなどという死徒はもう存在しない。だ
から十三位には名前がない。
 今タタリと呼ばれている死徒は、死徒ではなく
死徒が作り上げた一つの現象にすぎませんから」

遠野志貴
「現象にすぎない、か……。けど、良くない噂を
現実化するっていうのが現象って言うのか」

シオン
「はい。霧散した死徒だったものには、もう自分
から“何か”になろうとする意思さえない。いえ、
本来そういったモノに再生する手段などない。

 ワラキアの夜という死徒が行った事は単純なこ
と。要するに、人の噂が真実味を持った時、その
噂を自身の体で現実にする、といったシステムを
完成させただけの話です。

 コミュニティーの人々が同時に思うイメージ、
誰もが想像し、その集落の常識となってしまった
“伝説”があるとする。

 その伝説がコミュニティーにおいて普道性を確
立した時、ワラキアの夜は伝説そのものとなって
具現し、伝説通りの事をやってのけて消え去る。

 ……かつて、ソレが初めてルーマニア―――ワ
ラキアで発生した時のように」

遠野志貴
「……ワラキアで発生した?」

シオン
「……ええ。ルーマニアの一地方であるワラキアに
は、かつてブラド・ツェペシという領主がいました。

 領民には寛大でまっとうな領主だったブラドは、
敵軍であるトルコ兵に対しては苛烈なまでの残虐
性を見せたと言います。

 人を人とも思わぬ行為。死体をさらに殺し、そ
の血を流す事を戦略とした優れた領主。
 そこまでして領民を守り抜いた彼は、逆に領民
から吸血鬼と噂されてしまいました。

 それはあくまで噂です。ですが文明がいまだ闇
を帯びていた時代、吸血鬼は身近な存在でした。
 そうしてブラド・ツェペシは吸血鬼として人々
に怖れられた。その真偽など無関係のところで」

「そしてブラド・ツェペシが死亡した後、街では
一つの噂が流れ出したと言います。

 ――領主が吸血鬼であったのなら、満月の晩に
蘇って我々の血を吸いに来るのではないか――

 生前でさえ吸血鬼と噂されていたブラドは、そ
の死後でさえ吸血鬼として怖れられました。
 その、密閉された空間での吸血鬼の噂、という
のはズェピアにとって都合のいいもの。

 彼はブラド・ツェペシが死去した後のワラキア
を最良のサンプルケースとして始まりの土地にし
た。

 ……満月の夜だったと言います。
 ソレは人々が噂した通りの“吸血鬼ブラド”と
化し、領民たちを悉く惨殺した。

 教会の騎士団が駆けつけた時、村には一切の液
体がなく、道という道には人の皮が敷き詰められ
ていたそうです。

“飲み尽くすモノ”と噂された吸血鬼ブラドは、
血液のみならず村中の水分という水分を飲み尽く
したのでしょう。

 悪夢のような夜だと、訪れた騎士達はみなそう
思ったそうです。

 その有様、その惨殺ぶりがあまりにも惨たらし
かった為、教会はソレをこう呼ぶしかなかった。
 ―――最大限の嫌悪と畏怖を込め、
 ただ、“ワラキアの夜”、と」

遠野志貴
「ワラキアの夜か……で、そいつはその後、どう
なったんだ」

シオン
「消えました。祟りを広めた人々が死に絶えれば、
その祟りはもう広まりません。
 ワラキアの夜は自身を作り出した人々を殺し尽
くして消滅する。

 まあ、もとより現実化できる時間は一夜だけで
すから、中には生き延びられる幸運な人間もいた
事でしょう」

遠野志貴
「そこがよく解らないな。ワラキアの夜は祟りを
現実化するんだろう。なら祟りの元になぅた人々
を放っておけば、ずっと現実化できるんじゃない
のか」

シオン
「……いえ。タタリは祟りとしてカタチを得るの
です。だからその行動理念は祟りでなければ存在
できない。

 ワラキアの夜は人々の願望通りの祟りとなって
結晶化し、人々の望み通り人間を殺し尽くして消
え去る。

 祟りとしてしか現れられない以上、タタリは祟
りでなければならないのです」

遠野志貴
「――そこが妙にひっかかるんだよ。ようするに
さ、ワラキアの夜っていうヤツをタタリにしてる
のは人間な訳だろ。なら――――」

 祟りには、悪いモノもあれば良いモノもある筈
だ。
 例えば“猿の手”のように、純粋に願いだけ叶
えてくれる祟りとか。

 それなら―――人々が良い祟りを思えば、それ
は吸血鬼にならないのではないか。

シオン
「着きました。最上階です志貴」

遠野志貴
「……それじゃあこの先に、その」

シオン
「はい。日付が変わった瞬間にワラキアの夜が始
まる。―――志貴は死んではいけないのですから、
ここから先は余分な思考はカットして」

 シオンが操作パネルに手を伸ばす。
 いまだ未完成なエレベーターは、ぎしりと軋み
音を立てて開いていった。



遠野志貴
「最上階はまだ作りかけか……」


シオン
「人の気配が残っていませんね。……ん……ここ
数日間、このフロアに訪れた人間もいないようで
す」

遠野志貴
「? シオン、何してんだよ。くるって回るなん
て、バレエ?」


シオン
「違いますっ。エーテライトで周囲の情報を読み
込んだだけではないですか。貴方という人は、こ
んな時でさえ軽口を――――」

遠野志貴
「――――!」

シオン
「――――!」

シオン
「予兆が始まった……あれが、タタリ……」


遠野志貴
「まずいな―――視えないぞ、アレ」

シオン
「当然です。志貴と言えど、今のアレから死の線
は視えない。
 貴方でも言葉は殺せない。その中でも、アレは
まだ言葉にもなっていない言葉です。

 まだきていいないモノは貴方には殺せない。
 今の段階でアレを排除できるのは、アルクェイ
ド・ブリュンスタッドぐらいのものでしょう」

遠野志貴
「アルクェイドなら……?
 つまりばか力なら壊せるってコト?」

シオン
「―――ストレートに言いますね。
 ……前から思っていたのですが、どうして志貴
は真祖にだけ素直な発言をするのでしょうか」

遠野志貴
「いや。だってアイツには遠回しな言い分なんて
通じないし」

シオン
「――――(カチン)。
 …………なるほど。秋葉という人物の気持ちは
こういう事なのですね。希望的観測ですが、彼女
とは気が合いそうです」

遠野志貴
「あの……何を言っているのかな、シオンは」

シオン
「見て判りませんか。独り言です」

「それより離れましょう、志貴。
 ……タタリが、カタチを成そうとしています」

「――――!」


暴走アルクェイド
「―――――――――――――――」

シオン
「やはり―――こお街で最も力のある素体、実際
に吸血鬼を知る人間が思い描いた姿を祟りました
か、ワラキア」


暴走アルクェイド
「当然でしょう。ワラキアの夜の目的はタタリな
んかじゃない。ズェピアという祖が試みたのは真
祖と成る事。

 ズェピアはね、どのような要素が絡んでこうな
るかは知らなかったけれど、この時間この街にわ
たしが留まって、真祖としての在り方を薄めてい
るって答えを出した。

 ズェピアは二次的な保険として、真祖の姫が祟
りになるような地域を調べ上げ、結果としてわた
しはこうしてここにいる。

 ―――紆余曲折したけど、これがズェピアの目
的でもある。
 ワラキアの夜の名称は今宵で終わりよ」

遠野志貴
「――――――」

 思わず息を呑む。
 現れたタタリ……ワラキアの夜は、容姿だけで
なく性格や口調、仕草までアルクェイドそのもの
だった。


暴走アルクェイド
「あら、あなたもいたんだ、志貴」

「ふふん―――一人で来るかと思ったけど、志貴
と一緒なんて驚きね、シオン。
 三年間で少しは柔軟性を持ったというところか
しら。

 うん、これならリーズバイフェも貴方を守った
甲斐があったっていうものだわ」

シオン
「貴様……! 彼女の事を、軽々しく口に……!」

 シオンが身構える。
 アルクェイド――――いや、ワラキアの夜はそ
んなシオンを楽しげに見つめているだけだ。

遠野志貴
「待ったシオン。少し、アイツと話をさせてくれ
ないか」

シオン
「志貴……!? 危険です、アレは真祖と同じで
すが、中身はまるで違う! 話し合いなんて、そ
んな余分な事は――――」

遠野志貴
「分かってる。それでも訊いておきたい事がある
んだ。

 ……ワラキアの夜、だったな。おまえが他者に
依存する吸血鬼だっていうんなら答えろ。

 おまえは―――ただの一度も、自分の意思で人
の血を吸った事がないのかどうか」

暴走アルクェイド
「――――」

「なるほどね。志貴ってば、わたし相手でもそー
ゆう事を気にするんだ」

遠野志貴
「……一応訊いておくだけだ。おまえは人間の願
望をカタチにするんだろう。

 なら、もしかして。
 一度ぐらいは、本当にいい祟りだったのかもし
れないから」


暴走アルクェイド
「ふふ……あはは、あははははははは!
 いいなぁあなた、そんな日和った疑問を思える
なんて素敵よ素敵!」

遠野志貴
「茶化すな。その姿になった以上、おまえには絶
対に答えてもらう。それでどうなんだ。一度ぐら
いはあったのか、そういう事が」

暴走アルクェイド
「ええ、あったわよ。一度と言わず何度もね。豊
作にしてほしいとか、村中がケンカしてるから仲
良くさせてほしいとか、ご神木に宿る神さまがほ
しいとか、流行病を治してほしいとか。

 もちろん、わたしはその全てを叶えてあげたわ。
だってわたしには人々の噂を叶える為に現れる吸
血鬼よ? カタチになった以上、望みは叶えてあ
げないといけないわ」

遠野志貴
「……それじゃあおまえを悪者にしているのはあ
くまで人間って事なのか。おまえには何の意思も
なくて、ただ人間が勝手に自滅しているだけだっ
て言うのか」

暴走アルクェイド
「そうよ。このわたしだって、志貴が不安に思わ
なければ存在しなかったタタリ。
 自分から人間を襲おうだなんて、思った事は一
度もないわ」

遠野志貴
「――――――――」

シオン
「それは嘘です。貴方は、いつだって自分の意思
で人を殺した」

遠野志貴
「……シオン?」

暴走アルクェイド
「へえ? ひどい言いがかりねシオン。
 せっかく見逃してあげたのに、これじゃわたし
も報われないなあ」

シオン
「それでは訊こう、ワラキアの夜。
 豊作を願ったという村があった、と言いました
ね。貴方はそれをどのようにして実現させた」

暴走アルクェイド
「簡単よ。農作物の収穫が少ないのは作物が育っ
てないからでしょう? だから十分に栄養を与え
てあげたわ。村人全員の死体でね」

シオン
「村中の諍いを解決したと言いましたね。貴方は
それをどう仲介した」

暴走アルクェイド
「それも簡単。みんな考えが別々だから争うので
しょう? だから彼らの願いを一つにまとめてあ
げたの。最後にはみんな、誰も彼もわたしから逃
げる事しか考えなかったわ」

シオン
「……土地神が欲しいという村には」

暴走アルクェイド
「神さまになってあげたわよ?
 神さまが欲しいというのだから、みんなから平
等に心臓っていう供物を貰う事になったけど」

シオン
「流行病から助かりたかった村は……!」

暴走アルクェイド
「流行病からは助けてあげたわよ? 病の進行を
止めるには死んでしまうのが一番でしょう」

遠野志貴
「――――こ、こいつ――――」

暴走アルクェイド
「なに驚いているのよ志貴。あんまり無礼な態度
だと殺すわよ?

 もっとも、何もしなくても殺すけどね。
 わたしは吸血鬼なんだから、望み通り街中の血
という血を吸い尽くさないと」

シオン
「そういう事です、志貴。
 ワラキアの夜には吸血行為に勝る願いはない。
 アレは人々の願望を“血を吸われ死ぬこと”に
拡大解釈する悪鬼。

 ワラキアの夜……いえ、ワラキアの夜を作った
ズェピアという男は、ただ愉しいからという理由
で、タタリを発生させた人間を皆殺しにするよう
に定めたのです……!」

暴走アルクェイド
「当然でしょう。それぐらいの面白みがないとやっ
てられないわ。人間たちは自らの欲望によってわ
たしを生み出し、自らの欲望によって滅び去る。

 ふふ、皮肉皮肉、人間なんてすっごい皮肉!
 素晴らしいわよね、こんな皮肉に満ちた生き物
なんて人間だけよ?

 キレイなだけの舞台はつまらにもの。
 人間を悦ばせるのは救いのある喜劇より救いの
ない悲劇でしょ?

 キレイは汚い、汚いはキレイ。
 そんな事も判らないようじゃ、まだまだわたし
の後を継がせる訳にはいかないわね、シオン」

遠野志貴
「え―――アイツ、今なんて」

シオン
「ふざけないで。私は、貴方なんかとは無関係だ」

暴走アルクェイド
「そう? けどその体はもう限界でしょう。
 何にこだわっているのか知らないけど、いい加
減汚れてしまいなさい。

 貴方がワラキアの夜になるというのなら、タタ
リなんてもう起こさなくていい。

 ズェピアではなし得なかったけれど、貴方とワ
ラキアの夜なら成し得られるかもしれない。
 成功率がほんの少しだけ上がるからね」

シオン
「…………」

暴走アルクェイド
「わたしが貴方を取り込むのも、貴方がわたしを
理解するのも変わらない。
 主導権なんてわたしはいらない。ただ第六法に
うち勝てればそれでいい。

 悪い話ではないでしょう?
 わたしと一緒になれば、貴方はワラキアの夜か
らの命令を拒否できる。

 だって貴方がワラキアの夜になるんですもの。
 そうなれば、後は栄養をどう摂るか悩むだけ。

 人を襲うのが厭なら、他にいくらだって方法は
ある。
 貴方は、貴方の尊厳と折り合いをつけてワラキ
アの夜になればいい」

シオン
「――――呆れた。
 随分と無様な式を作るのですね、ワラキア。

 何百年と発生してきた貴方も、今回ばかりはタ
タリとなった素体が強すぎた。
 貴方本来の知性が、アルクェイド・ブリュンス
タッドの知性に支配されている。

 ……ふん。所詮貴方程度では、真祖に成る事な
ど不可能だったのです」

暴走アルクェイド
「―――なんですって?」

シオン
「貴方の提案など思案するまでもない。
 私がこの場に現れたのは貴方をこの手で倒す為。
それは完全な私怨です。損得ではなく感情で動く
者に取引を迫るとは愚の骨頂」


暴走アルクェイド
「――――」

シオン
「消えなさいワラキア。この夜は貴方の嘘には躍
らない。
 貴方の嘘が街に浸透する前に、カタチを得たタ
タリを消してさしあげましょう」

暴走アルクェイド
「―――ふん。同類相哀れむ、と気をかけたのが
間違いだったわね」

「こちらこそ興醒めよ、シオン。貴方がここまで
勝率の低い戦いを挑むなんて」


遠野志貴
「な、ここはアルクェイドの……!?」
暴走アルクェイド
「ええ。わたしは真祖の姫、アルクェイド・ブリュ
ンスタッド。
 こうして自分の世界を具現化する事なんて簡単
よ。

 シオン。
 貴方では、わたしを倒す事なんてできない」

暴走アルクェイド
「志貴も災難ね。ここではわたしを縛る法則はな
い。一度はアルクェイドを殺したあなたも、今度
ばかりは絶望的よ」

「あて、今回の街はいつもより大きいようだし、
時間が惜しいわ。

 いらっしゃい二人とも。
 跡形も残らないよう、完全に潰し尽くしてあげ
るから―――!」

戦うのは―――
>志貴
 シオン


遠野志貴 or シオン vs. 暴走アルクェイド


暴走アルクェイド
「うそ――――こんな、のって」

遠野志貴
「――――取った!」

暴走アルクェイド
「あ――――消え、る、折角、真祖の体を得たの
に、組み替える前に消える、だなんて――――!」

シオン
「だから精度が落ちている、といったのです。
 貴方が計算できたのは私の数値だけ。
 志貴というジョーカーを、アルクェイドは知っ
ていても貴方は知らなかった。

 いえ、真実理解していなかった。
 知っていたのなら、彼と正面から争うなど出来
る筈がない」

暴走アルクェイド
「――――――――――――」


ワラキアの夜
「――――――――――――」


「く――――いいの、か、シオン・エルトナム。
私が消えれば、オマエは――――」

シオン
「人はいつか死ぬ。それだけの事でしょう。
 ですが、ワラキア」

ワラキアの夜
「まだ間に合う。まだ――――」

シオン
「私は貴方を受け入れない。
 この命が続く限り、次のタタリも許しはしな
い」

ワラキアの夜
「、。――――、、、、、――――、」


遠野志貴
「やった……のか?」

シオン
「はい、今回のタタリはこれで消滅しました。
 この街にワラキアの夜が発生する事はもうない
でしょう」

遠野志貴
「この街はって……やっぱりアイツは生きている
のか」

シオン
「……ワラキアの夜を消滅させる事はできません。
方法があるとしたら、過去に戻ってワラキアの夜
を起動させたズェピアを仕留めるか、起動式が終
わる何千年後を待つしかないでしょう」

遠野志貴
「―――そうか。それで、シオンは」

シオン
「今までと何も変わりません。吸血鬼化の治療法
を研究しつつ、ワラキアの夜が発生すればこれを
叩くだけ」

遠野志貴
「それれは、一人で?」

シオン
「いいえ。一人より二人の方が効率的だと教わり
ました。

 自分が手に負えなかったら、また誰かに協力を
求めます。世の中には無償で手伝ってくれるよう
な人だっていると判りましたから」

「だから心配は無用です。
 ワラキアの戯言は聞き流してください。
 私はまだまだ、そう簡単に倒れたりはしないの
ですから」

遠野志貴
「――――シオン」


シオン
「志貴には感謝しています。
 貴方は私にとって、初めての協力者であり、仲
間だった」

「だからここでひとまずお別れです。
 タタリが消えた今、代行者が私を捕えにやって
きてしまいます」

遠野志貴
「そうか。それは仕方ないな。
 ……うん、結局俺は何もできなかったけど」

シオン
「当然です。これは私の物語。
 志貴は、単に私の我が儘に巻き込まれただけの
観客で――――」

 ―――同時に、幕を下ろす主役でした。

遠野志貴
「何か言った、シオン?」

シオン
「いえ、何も。それでは私は帰ります。志貴も夜
明けまでに帰るように」

遠野志貴
「……ああ。それじゃあ、また。
 何かあったら訊ねてくれ。手伝いぐらいはでき
ると思うよ」


シオン
「はい。遠慮なく訊ねに行きますから、お覚悟を」

遠野志貴
「はは。それ使い方がヘンだよ、シオン。
 最後の最後で日本語間違えたね、君」


シオン
「ええ。でもまあ、間違いではないと思います」

 そう笑い合った後、私たちはあっさりと別れた。


「そうそう。シオンの研究、期待してるよ。
 途中で投げ出したりしたら君を軽蔑するから、
そっちこそ覚悟するように」


 最後に、私の心を見透かしたかのように言って、
志貴は去っていった。
 初めて志貴と戦った場所で、私は彼の背中を見
送る。

「―――やられた。それを言われたら、どうしよ
うもない」

 私は優等生だから、軽蔑されるのはイヤなのだ。
 ……まあ、それより何より。
 初めての仲間との約束は、そう簡単には破れな
い。」

「―――志貴、貴方にもう一度感謝を」

 私はこれからの在り方と、
 ワラキアの夜と私の関係に気づいてない、一度
も口にしなかった、その気遣いに。

「さて。私も行かないと」

 次のタタリはオーストラリアかヨーロッパ。
 発生は早くて十年後。それまで私の体は保つま
い。
 けれど、倒れる事はできない。

 ああ―――まったく、重い約束をしてしまった
ものだ。

「吸血を行えば吸血鬼化が進む。
 まずは血を取り入れても、吸血鬼化が抑えられ
る方法を見つけなくては」

 そうと決まれば話は早い。
 志貴から遅れること五分と十秒。
 私は彼と同じぐらい軽い足取りで、この場所を
去っていく。

 もうこの国でワラキアの夜が発生する事はない。
 私は私として生きている限り、この国に訪れる
事もない。

 ……たった一度、
 わずか数日しかいなかった場所。
 それでも、この国を忘れる事はないだろう。

 ここは私に初めて友人を与えてくれた約束の地。
 もう再会はないとしても、ここに帰ってきたい
と思う心はなくならないのだから。

「願わくば。彼とこの街に、出来うる限りの蜜月
が続くことを」

 去っていく足音。
 残ったものは熱い熱い夏の空気と、
 一つの思い出だけだった――――



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