MELTY BLOOD
&
MELTY BLOOD
-Re・ACT-
■ストーリーモード■
2/アトラスの錬金術師
Extra Alchemist
Cルート
遠野志貴
「っ……!」
シオン
「戦闘終了。四番、六番思考停止」
「結果は出ました。戦闘における貴方の選択肢は
わずか70。いかに貴方が突然死を待とうと、そ
れだけの戦術幅では予測できない筈がない。
遠野志貴
「くっ……この、何が目的だ、おまえ……!」
シオン
「私が貴方に危害を加えた事ではなく、私そのも
のに違和感を覚えたのですか。……的確な直感で
す。
確かに貴方が感じたように、私は貴方が戦って
きた者たちとは系統が違います」
遠野志貴
「――――」
シオン
「抵抗は止めるべきです。私は貴方の命に興味は
ない。ただ貴方という要素が必要なだけですから、
抵抗しなければ危害は加えません」
遠野志貴
「え―――って、人の頭に触るな、こら!」
シオン
「少しは落ち着きなさい。貴方にこれ以上危害は
加えないと言ったでしょう。今のはエーテライト
を脳に接続しただけです」
遠野志貴
「はい……? の、脳に接続したって、一体何を
……?」
シオン
「エーテライトと呼ばれる疑似神経。
貴方でも判るように言うのでしたら、ミクロン
単位の繊維です。
肉眼では捕えられない細い糸、とイメージする
のが最適でしょう」
遠野志貴
「……!」
「……うそ。なんか、こめかみあたりに妙な違和
感があるけど、これって―――」
シオン
「ええ。皮膚に密着したエーテライトは身近な神
経と接触、融合する。
エーテライトの最大距離は5000mですから、
貴方の体全てに浸透する事は容易です」
「ここまで説明すれば理解出来たでしょう。貴方
の思考と肉体は私にハッキングされました。
今後、貴方の行動は私が管理します。異論はあ
りませんね、遠野志貴」
遠野志貴
「……異論はありませんね……って、無いわけな
いだろこのアンポンタン! おまえ、何者だか知
らないけどアタマは正気か!?」
シオン
「失礼な人ですね、貴方は。私は極めて冷静であ
り合理的に会話を進めている。
遠野志貴、今の発言に訂正を願います」

遠野志貴
「訂正なんかするか、ばか! いきなり襲いかかっ
てきたあげく、次は俺を管理するだぁ!? おま
えが正気だって言うんなら俺はとっくに気が触れ
てるよ。
まったく、アルクェイド以来だこんなデタラメ。
いや、それ以上のデタラメ野郎だぞおまえ!」
シオン
「デ、デタラメですって――――!?」

「デタラメ、とは出鱈目、という事でしょう!
なんという浅学さだ、錬金術師である私の行動を
乱数に当てはめるなんて! いえ、出鱈目という
言葉を無秩序として扱うなんて、その時点で確率
を蔑んでいる! ええ、貴方の言う通り、遠野志
貴は気が触れているとしか思えない!」

遠野志貴
「え――――う?」
シオン
「訂正なさい! 私はシオン・エルトナム・アト
ラシア、蓄積と計測の院、アトラスの錬金術師で
す! その私にデタラメとはなんという侮辱だ。
私ほど本能を理性で統括し、研鑚し、高速で分割
できる者はそうはいない! よいですか遠野志貴、
そもそも私は女性であって男性ではない! 貴方
風に言うのならデタラメ野郎ではなくデタラメ女
郎というのが正しい!」

遠野志貴
「――――――――」
シオン
「こちらこそ忠告させて貰えば、そちらの行動こ
そ法則性がないではないですかっ。ここ一年ばか
りの貴方の情報は読みとらせて貰いましたが、そ
の都度勝率の低い方低い方へと進むのには驚きを
通り越して泣けてしまった程です! 遠野志貴と
いう人間が今まで生きてこれたのは、まさしく億
分の一の奇跡としか――――」
遠野志貴
「――――――――(びっくり)」

シオン
「ぁ――――――――」
シオン
「―――話を戻します。
遠野志貴、貴方には私の研究に協力をして貰い
ます。自由意思は尊重しますが、拒否権はないと
考えてください。
貴方の神経の大部分はすでに掌握しましたので、
従わなければ、神経を傷つけてでも従わせる」
遠野志貴
「え、いや――――(二度びっくり)だから、な
んなんだよ、君」
シオン
「解らない人ですね。私の言うことを聞かないと
神経焼きます、と言っているのです。貴方の頭部
と繋がっているエーテライトには電気が流せます
から、神経を焼く程度でしたら問題はありません」
遠野志貴
「……(馬鹿だな、それだったら糸を切ればいい
だけじゃないか。肉眼じゃ見えないって言うけど、
メガネを外せば……)……」
シオン
「止めた方が賢明ですが。エーテライトは切断さ
れた瞬間、全体が焼失します。すでに神経と融合
したエーテライトは貴方の神経も道連れにするで
しょう。
……そうですね、真祖のように体が頑丈な方々
には効果がありませんが、人間には効果絶大です。
神経破損による障害より先に、痛みによるショ
ック死の方が先になるかと」
遠野志貴
「な――――今、君」
シオン
「貴方の思考をリードしました。
エーテライトが脳に繋がっているのですから、
どのような事を考えているかは読みとれます。主
語と述語だけで、接続詞は読みとれませんが」
遠野志貴
「……うわあ、びっくり。なんだって、こう」
(その、こういう物騒なのとばっかり縁があるん
だろう、俺)
シオン
「誤解なきように。私は貴方に強制労働をさせる
気はありません。あくまで私の目的と貴方の目的、
そのどちらも果たせるような相互関係を提案した
いだけです」
遠野志貴
「……? お互いの目的が果たせるような、だっ
て……?」
シオン
「はい。私の目的と貴方の目的は、多少なりとも
接点があります。そうでなければこのような交渉
は致しません」
遠野志貴
「……よく言うよ。こういうのは交渉とは言わな
いだろ」
シオン
「私は成功率の高い手段を選んだだけです。貴方
に協力して貰うには、この方法が最も適していた
だけの事」
「さあ、先程の疲れも回復したでしょう。私の戦
闘方法は相手の体力を削ぐ事を目的としたもの。
貴方たちのように相手の肉体を削ぐものではない
のですから」
遠野志貴
「……確かにね。ヘンな糸さえなければ、今すぐ
走り去っているところだよ」
シオン
「構いませんが。一度繋がった以上、私が外さな
いかぎりエーテライトは外れません。貴方が何処
に行こうと、的確に追っていけます」
遠野志貴
「はいはい。そんな事だろうと思った」
「で。互いに協力しあうって、どういうコト」
シオン
「言葉通りの意味ですが――どのような心境の変
化ですか。あれほど私を罵倒していた貴方が、素
直に話を聞いてくれるなんて」
遠野志貴
「聞かざるをえない状況だからだろ。
それに、まあ、君は荒っぽいけど丁寧っていう
か、一線を心得ているように見える。
さっきだって倒れてる俺にトドメはささなかっ
たし、今だって極力話合いをしたがってる。
……だから、まあ。別に他意はないけど、悪人
には見えないかなって」
シオン
「倒れている貴方に追撃をしなかったのは、単に
遠野志貴は追いつめると協力な反撃をすると判断
したからなのですが……貴方がそうとったのなら
良いでしょう。私が異論を挟むのは無意味です」
「では簡潔に話をしましょう。
私の目的は吸血鬼化の治療方法の確立です。
その一環として生きている吸血種のデータが欲
しい。例えば、死徒と呼ばれる吸血種の元となっ
た最初の一である真祖を」
遠野志貴
「え……真祖ってアルクェイドの事?」
シオン
「はい。今では彼女が現在している最後の真祖で
す。
……いえ、純度の低い真祖でしたら多少は存在
していますが、私が必要としているのは真祖の王
族であるアルクェイド・ブリュンスタッドのデー
タです」

遠野志貴
「アルクェイドのデータ……それってアイツをモ
ルモットみたいにするって事か」
シオン
「まさか。それが可能な相手ではないと貴方が一
番良く理解しているでしょうに。
真祖にはあくまで協力して貰うだけです。彼女
の血液と体液、身体の調査と真祖の吸血衝動の仕
組みが知りたい。
できれば一週間ばかりラボに来てほしいのです
が、それこそ吸血鬼化の治療より難しいでしょう。
彼女が私に協力してくれるとしたら、それは貴方
が同伴して、多少のデータを取る程度でしかない」
遠野志貴
「? なんで俺が一緒だとアルクェイドが協力す
るって思うんだ、君は」
シオン
「そ、それは―――貴方は、今地上で最も真祖に
関心を向けられている人間だから、でしょう」
「ともかく、私の目的は医療という側面から吸血
鬼を淘汰する事です。その為には多くの吸血鬼の
データが欲しい。
吸血鬼に噛まれ、人間でなくなってしまう人間。
彼等の治療法は今まで不可能とされてきた。
私は、その不可能に挑みたい。
これは貴方の目的にも添っていると筈です。
一度、吸血鬼になってしまった知人を持つ遠野
志貴なら」
遠野志貴
「――――」

シオン
「―――なにか?」
遠野志貴
「別に。君、弁が立つなって思って」
シオン
「正当な評価は喜ばしいですが、何故そんな事を
言うのです?」
遠野志貴
「いや。次に軽々しく彼女の事を口にしたら、君
とは敵になるしかないと思っただけだ」

シオン
「――――」
「……確かに配慮が足りませんでした。私が口に
して良い事ではなかった」
遠野志貴
「……いいさ。君の目的が吸血鬼化の治療だって
言うんならいい。
確かにそれは、俺にとって大切な事だ」
シオン
「では協力して貰えるのですね、遠野志貴」
遠野志貴
「ああ。けど君もよく分からないな。そこまで俺
の事を知っているのなら、初めから話し合いをす
れば良かったのに。吸血鬼化の治療って言われた
ら、俺は断れなかったよ」
シオン
「……そのようですね。これは私のミスです。遠
野志貴という人間を、完全に理解していなかった」
「ですが、結果的にはこれが最良だったでしょう。
口約束は確実ではない。貴方が私への協力を優先
しなかった場合、幾つかの手段で貴方に問いただ
す事ができるのですから」
遠野志貴
「はいはい。敗者は勝者に従えってコトね。それ
はもういいけど、俺だってそう暇じゃないんだ。
こんな夜更けに歩き回ってたのも用があったから
なんだぞ」
シオン
「噂の吸血鬼を捜しているのですね。その件に関
しては何も言いません。私も、噂の吸血鬼には興
味がありますから」
遠野志貴
「? 君、噂の吸血鬼を知っているのか?」
シオン
「はい。この街にやってきて、その噂を聞きまし
た。街の雰囲気もどこかおかしいですし、何らか
の異状が起きているのは判ります」
遠野志貴
「……そうか。よそから来た君でさえそう思うん
だから、やっぱり噂になってる吸血鬼は本当にい
るのかも知れないな」
シオン
「その真偽は定かではありませんが、真祖はその
吸血鬼を追っているのでしょうね。彼女にとって
死徒は処罰するべき相手。自分が居着いた街に現
れたとあっては放ってはおかないでしょう」
遠野志貴
「――――! 君、アルクェイドが行方を眩まし
てるってコトも知ってるのか」
シオン
「今、貴方がそう考えたのです。真祖が貴方を避
けている、という事は、貴方を気遣って一人で解
決しようとしているからでしょう。
ですから、噂になっている吸血鬼を捜せばおの
ずと真祖に出会える。その時に貴方がいてくれれ
ば、真祖も私の話を聞いてくれる」
遠野志貴
「……なるほど。俺に協力してほしい事って、つ
まり」
シオン
「はい。貴方には真祖との交渉の橋渡しをしてほ
しい。とりあえず、それが貴方に望む優先事項で
す」
遠野志貴
「……はあ。そんな事ならお安いご用だけどさ。
その、とりあえずって響きに不吉なモノを感じる
んだけど」
シオン
「それは当然でしょう。先程貴方も言ったではな
いですか、敗者は勝者に従うものだと。私は貴方
に勝ったのですから、多少の権利は行使します。
それに何か不満でもあるのですか?」
遠野志貴
「あるけど黙ってる。君だって噂の吸血鬼っての
を捜しているんなら、俺のやるべき事は変わらな
いんだし。アルクェイドを見つけるまでは協力す
るよ」
シオン
「賢明ですね。私も真祖との交渉が終わり次第、
この国を発ちます。あまり長居するのも危険です
から。交渉がどのような形になろうと、それは私
の能力の問題です。
ですから交渉が決裂しようと、貴方に繋いだエー
テライトはその時に外します。
それでよろしいですね、遠野志貴」
遠野志貴
「ああ、文句はないよ。けどさ、具体的に俺はど
うすればいいんだ? アルクェイドがいそうな場
所を案内したりすればいいのか?」
シオン
「いいえ、必要があればその都度指示を出します。
貴方は私の言う事を聞いてくれればいいだけです」
遠野志貴
「そうですか。それじゃあ指示をどうぞ、お嬢様」
シオン
「では街の調査を。私は不慣れですから貴方に先
導していただきます」


そうして、彼女との巡回が始まった。
遠野志貴
「それじゃあ先輩の言うところの魔術師とは違う
んだ、君は」
シオン
「広く伝わるところの魔術師、とは違います。
現在、魔術師とは魔術協会で主流となっている
秘儀の実践・解明者を指します。
錬金術は秘儀の実績ではなく、秘儀の開発にあ
ると考えてください」
遠野志貴
「開発って、新しい魔術を作っているのか?」
シオン
「魔術系統はすでに完成していますから、魔術で
はなく技法の開発を。錬金術の名の通り、卑金属
を貴金属に換える、というのが代表的ですね」
遠野志貴
「あ、ピンときた。あれかな、鋼を金にするって
ヤツかな」
シオン
「……ええ。ですがそれは中央協会の錬金術師で
す。私は彼等とは異なる錬金術師であるアトラス
院の者。物質の変換にはあまり魅力は感じません」
遠野志貴
「ふぅん。錬金術師にも種類があるんだ」
シオン
「種類ではなく派閥ですね。私たちは少々異端と
して扱われています。魔術協会は三大の部門に別
れているのですが、アトラスはその中でも腫れ物
として扱われているのです」
遠野志貴
「あ、またその単語。アトラスって地名?」
シオン
「地名、でしょうね。アトラス山という、山一つ
を学院にした協会があるのです。……ロンドンの
魔術師は穴蔵、と呼んでいます。周りは砂漠です
し、まあ、あながち間違いではないのですが」
遠野志貴
「砂漠……? それじゃ君の故郷って」
シオン
「魔術発祥の地と言われています。単に歴史が古
いというだけなのですが」
とまあ、複雑奇怪な会話をしながら夜の街を巡
回する。
彼女は口数は少ないが無口という訳ではなかっ
た。訊けば大抵の事は答えてくれるし、彼女の方
から質問してくる事もある。
必要のない事は話さないけれど、必要なら丁寧
にじっくりと話し込んでくる。
遠野志貴
「……(もしかしてすごくお喋り好きなんじゃな
いかな、この娘)……」
シオン
「何か他に質問ですか」
遠野志貴
「え、いや……それじゃあ、君のいう所の錬金術っ
てなんなのかなあ、とか」
シオン
「人間の研究。それ以外は錬金術というより科学
と言えます」
遠野志貴
「人間の研究? 魔術とか魔法じゃなくて?」
シオン
「はい。アトラスの錬金術師は、もともと魔力回
路が少ない者たちの集まりだと言います。
彼等は自分たちが自然と関われない事を求め、
あくまで人間として終着に至る道を志した。
その結果が現在のアトラス院。
私たちは唯一自由になる“自身の頭脳”を何よ
りも巧く使い、未来という設計図を作り上げる」
遠野志貴
「未来を―――作り上げる?」
シオン
「ええ。未来は起こるものではなく作るものだと
いう事は、言うまでもないでしょう。
世界は今現在に揃っている材料で、良かれ悪か
れ未来を作っていく。私たちはその材料を把握、
調査し、未来を計測する。
確率は偏りを事前に変更させ、材料によって出
来上がる模型を完璧な物とする。
魔力回路とは、言ってしまえば「根源」と呼ば
れる「大元の一」に繋がる道です。魔術師はそれ
を通して理想の未来を引き寄せる。
けれど魔術回路が乏しい私たちは、あくまで自
身の頭脳だけで理想の未来を作り上げようとした
とか」
遠野志貴
「作りあげようとした……? 過去形だけど、そ
れって……」
シオン
「失敗、したのでしょうね。
いつからかアトラスの錬金術師は未来の予測で
はなく、各々が至高とする物事を作る事に専念し
だした。
一説によると何代目かの院長が出してしまった
「答え」をなんとか否定する為に、対抗する兵器
を作り出そうとしているとか。いまだ院生にすぎ
ない私には知り得ない事ですが」
遠野志貴
「むむむ……? ようするに、君たちは」
シオン
「今では体のいい武器職人、という所でしょうか。
それでも私たちの基本は秘儀と科学の融合です。
それを成す為の技能が、アトラスの錬金術師の基
本と言えますね」
遠野志貴
「ふうん。じゃあその技法っていうのが、エーテ
ライトとかいう糸なのか」
シオン
「エーテライトはエルトナムにのみ伝わる技術で
す。アトラスの基本は高速思考と分割思考。その
後に変換式や加速式といった錬金術を修得します」
遠野志貴
「??? 高速思考ってのは、響きの通り速く考
えるって事だろ。じゃあ分割思考っていうのは…
…」
シオン
「それも言葉通りの意味です。アトラスの錬金術
師は思考を分割して複数の思考回路を持ちます。
通常、人間の脳には思考をする部屋が一つしか
ありません。分割思考とは、この「思考の部屋」
に間取りを作り、空間を幾つかに分ける技術です。
アトラスの錬金術師であるのなら、最低で三つ
の分割思考が出来なくてはならない。五つで天才
のレベルですね。過去、最も優れた院長で八つだっ
たと言います」
遠野志貴
「……ふうん。ようするに脳っていう計算機が二
つも三つもあるってコトか」
シオン
「別々にある、のでは意味がありません。
思考は複数ありますが、その目的はつねに一つ。
高速思考により記号化された複数の思考は、そ
れぞれ別の物でありながら一つの命題解決の為に
相互に情報を影響を与えつつ、やはり別々に動く
のです。
単純に計算をするだけならば、現代では機械に
迫られるかもしれません。けれど一つの定義を解
くのならば、いまだ私たちに迫るモノはないでしょ
う」
遠野志貴
「うわ。それじゃあすごく頭がいいんだ、君。
……そうか、さっきの戦いの時、づもこっち
の動きが読まれるって思ったのは―――」
シオン
「貴方の行動は前もってシュミレートしておきま
した。ですがその通りに動く敵などいません。
あらゆる状況は秒単位で変化していきます。そ
のルートは系統樹の図式に近い。私たちはその分
岐の毎に“次はどのルートになるか”という可能
性を計算し、もっとも可能性の高いルートを選ぶ。
その結果として、先読みした通りの状況が起き
る。
……戦闘時における私たちの未来を見ているの
ではなく、未来に一歩だけ先に跳んでいる、とい
うべきでしょうか。
ですから、先程の戦闘も私はつねに敗北の可能
性を孕んでいました。
秒単位の選択肢で計算を間違えてしまえば、私
はただの進化です。貴方が何かの気紛れで今まで
優先純度が低かった行動をしてしまえば予測は外
れ、私は呆気なく敗北していたでしょう。
尤も、そういった偶然性さえ予測する為の高速
思考と分割思考なのですが」

遠野志貴
「はあ。なんか凄いな。戦う前から勝負はついて
たって感じだ」
シオン
「アトラスの錬金術師は“勝利しうる未来”がな
いかぎり戦いません。
……私と貴方では、間違いなく貴方の方が戦闘
者として優れている。
そういった場合、私は事前に貴方に勝つ為あら
ゆる手段を講じるでしょう。
私たちが戦う、というコトは勝てる材料が揃っ
ている時だけですから。
けれど、私たちはそれでようやく互角にすぎま
せん。
身体能力・魔力回路で劣る私たちは、未来を予
測する事で最悪の展開を回避し続ける。そしてあ
らかじめ用意した逆転の位置に事態を導き、僅か
一瞬の好機に全ての確率を注ぎ込む。
錬金術師は敵と戦うのではなく、己れの頭脳と
戦う者。頼りとするのは自身のみ、刹那の思考に
命を懸ける―――それが、アトラスの錬金術師の
在り方です」
遠野志貴
「へえ。計算とか予測とか言っているわりには、
根は勝負師みたいな印象だね」
シオン
「間違いではありません。ゲームマスター、とい
う意味で、私たちはまさしくそれなのですから。
勝負に懸ける者はすべからく冷静であり、同時に
熱うぃ感じていなければならないのです」
遠野志貴
「(なるほど、確かにそんな感じだ)」
などと話しているうちに、街の主立った部分は
回ってしまった。
彼女と歩き始めてすでに二時間近い。
その間にすれ違った人影はなく、街はひたすら
に静かだった。
日中の、強い陽射しで焼き尽くされるような暑
さはない。
夜の街はわりと涼しくて、散歩には最適と言え
た。
シオン
「交番に在中している警察官はいませんね。街を
巡回しているのでしょうが、一度も出会わなかっ
た」
遠野志貴
「え―――ああ、そう言えばそうだな。せっかく
パトロールしていても人と遭わないじゃパトロー
ルの意味がない。……って、今回はそれは幸いし
たか」
シオン
「? 今回、とはどういう意味ですか」
遠野志貴
「いや、だってさ。傍目から見たら俺たちってヘ
ンなコンビだよ。これだけ目立つのもそういない
んじゃないかな」
シオン
「……目立つ……? それは私たちが、ですか」
遠野志貴
「どっちかっていうと、君が。
珍しい格好だし、お巡りさんに見つかったら職
務質問されると思う」

シオン
「……質問、されるでしょうか」
と、彼女はチラチラと自分の格好を見て不思議
そうに首を傾げた。
……やっぱり。
そんな事だろうと思ったけど、彼女は自分の格
好が普通だと思っている。
シオン
「私はおかしいのでしょうか」
遠野志貴
「うん、目立つ」
シオン
「……………」
あ。なんか、不服そう。
シオン
「では、その時はその時です。質問をされた時は
偽証するしかありません」
遠野志貴
「おっけー。んじゃ、もし訊かれたら友達ってコ
トで誤魔化すから、君もそれっぽい口裏を合わせ
てくれ」
シオン
「―――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――」
ルートはなんとなく帰り道になりつつある。
俺たちは巡回をはじめた高層ビル前へと戻ろう
と足を進ませていた。
と。
「志貴」
後ろから、いきなり名前で呼びかけられた。
遠野志貴
「え―――」

シオン
「その、私の事はシオンと呼んで下さい。
と、友達なのですから、名前で呼び合わないと
いけません」
彼女―――シオンは道ばたに立ち止まって、そ
んな事を言ってきた。
「――――――」
シオン
「――――――」
「――――――」
シオン
「――――――」
遠野志貴
「……よし。それじゃあシオン、そろそろ戻ろう
か」
シオン
「はい。私も、そう思っていました」
―――シオンとの巡回も何事もなく終わった。
シオンは大した理由も言わず、明日も街の巡回
をやるのだと言う。
「明日の夜も今日と同じ時間に、ここで」
それだけ言ってシオンは去っていった。
エーテライト、とか言う怪しげなモノで繋がれ
ている以上、こっちは彼女に付き合うしかない。
……まあもっとも。彼女に強制されなくとも夜
の街の巡回はやろうと思っていたから、別段なに
が変わったという訳でもないのだが。
その夜も、気が狂いそうな程暑かった。
それは山間の村の出来事。
時間に停滞しているような小さな村で、その事件は起こっ
た。
発端は一つの伝承。
たしか他の村から嫁いできた女性が三つ子を孕み、その
うち二人が死産だと良くない事が起きる、という昔話だっ
た筈。
たしか二人の兄弟の血肉を奪って生まれ出た赤子は吸血
鬼になって村に害を成す、だったろうか。
末代まで続く呪い。
村社会に浸透した、不文律の見えない法。
この国に倣って言うのなら祟り、だろうか。
ともかく、伝承は真実となった。
赤子は成長し、成人の日に吸血鬼となった。
無論、伝承を怖れた村人たちによって、成人する一日前
に処刑されてはいたのだが。
その三日後。
吸血鬼によって村は全滅した。
前もって派遣されていた教会の騎士団は全滅した。
私は逃げて、逃げて、逃げて。
山道を走った。
夜明けまで走った。
出口などなかった。
呪いは自身に返る。
私を呪う私は、私から逃げられない。
目の前には
真っ黒い貌の“何か”が。

夜明けは遠い。
僅か一夜だけしか存在できない吸血鬼に、全てが飲み尽
くされた。
伝承は真実だった。
祟りは、自らを生み出した村人たちを滅ぼし尽くし、祟
りである事を証明したのだ―――

……暑い。
異常な暑さ、加えて無風。
砂漠の熱気に慣れている筈なのに、この国の暑
さには耐えられない。
喉がカラカラに渇いていた。
野宿している為か、肌は甲羅のように硬くなっ
ている気がする。
「水―――水が、ほしい」
ぼんやりと口にして、休めていた思考が回り始
めた。
シオン
「……そう。ひどく苦しいと思えば、もうこんな
時間だったんだ」
時刻は正午になろうとしている。
昨夜、志貴と別れてからここに戻って、そのま
ま睡眠。
睡眠時間は都合8時間というところか。
シオン
「眠りすぎた。これでは思考が鈍化してしまう」
ズキズキと痛むこめかみに指を当てて、ふう、
と深呼吸する。
シオン
「……呆れる。思考だけが私たちの武器だと言っ
たのに、これでは志貴に示しがつかない」
もっとも、彼がどのくらい昨夜の話を聞いてい
たかは疑問だが。
シオン
「……まあ。彼に示しをつける必要性はまったく
ないのだけど」
そう、示しをつけるとしたら自分自身に。
すでにアトラスとは縁がないとしても、私が錬
金術師である事は一生変わらないのだから。
―――思考速度こそが私たちの魔術だ。
思考が速い事は当たり前。そこからさらに多展
開する図面を競争させる技法を高速思考と言う。
そして、さらに優れた錬金術師は脳内の複数の
区間を持つ。
高速思考が一人前の錬金術師の証だというのな
ら、区間の数は才能の証だろう。
分割思考と呼ばれるそれは、優れた錬金術師で
も三つから五つが限度とされる。
志貴には「思考する」という部屋を分割する、
と教えたが、それはあくまで平均的な錬金術師の
分割である。
優れた錬金術師は、実際に「思考する」部屋そ
のものを複数持ち得る。
そして「部屋」は相乗効果を及ぼしている。
四つの分割思考が出来るという事は、二百五十
六もの思考を持つ事。それも単純に二百五十六人
の錬金術師分の計算が出来る、という訳ではない。
二百五十六の高速知性が、個々の隔てなく、同
じ目的の為に淀みなく回転し互いを補佐するとい
う事だ。
極限の鍛錬は、時に奇跡を起こす。
錬金術師の魔術とは、ようするにソレなのだ。
私たちは弱い。
身体は遺伝的に脆く、魔術回路さえ一般人以下
だ。そんな私たちの祖先が作り上げた錬金術は、元
となった錬金術とは種が異なる。
終末を回避する為などと謳い、様々な兵器を創
る。けれどその実、私たちは私たちを守る為に武
器を作っているだけ。
それが成果をあげた事はない。私たちはただ作
るだけだ。
なぜなら、私たちの学院にあるただ一つのルー
ルこそが、“いかなる禁忌をも許すが、創造の解
放を禁じる”なのだから。
彼等に触れる事なかれ。
それが中央の魔術師たちの口癖だ。
いつしか私たちは不可侵の、有り体に言えば腫
れ物として扱われてきた。
私たちは何もしてない。
ただ穴に籠もって、効率のいい兵器を作ってい
るだけの魔術師たち。
私たちを暴くという事は、世界を滅ぼす兵器を
開封するという事に他ならない。
故に、私たちはこう呼ばれる。
―――アトラスの錬金術師。
それはかつて天を支えながら、ただ黙していた
巨人の名前。
シオン
「……アトラス院の中でさえ理解者のない、独り
きりの錬金術師達には相応しい名称」
―――別に、それがどうという事もない。
私はまだ若いから夢物語に憧れているだけだ。
歳をとって成熟すれば、青い夢なんて見なくな
る。
シオン
「……夜までまだ時間はある。少しは情報を集めて
おこうかな」
志貴を私の目的の為に協力させているのだから、
私も彼の吸血鬼捜しを手伝うべきだろう。
だって、彼は―――

シオン
「仲間、なんだから」
しかも同年輩
おかしな話しだけど、私は外に出るまで自分と
同い年の人間というものを巧くイメージできなかっ
た。
つまり、その、それほど同年代の相手を知らな
かったという事である。
それが異性だとしたら、もう私の理解を超えて
いると言ってもいい。
シオン
「……ふん。志貴のデータはもう十分すぎるほど
取っている。理解できないコトなんてない」
だから、彼が私に協力してくれるコトは判って
いるし、信用できる。
彼のロジックには“裏切る”という命令がキレ
イさっぱり抜け落ちているのだから、契約させし
てしまえば裏切られる事がない。
シオン
「―――だから少しだけ。
彼の労働に見合った労働を、私もしないと」
言い訳じみた台詞を呟いて立ち上がる。
……そうして思った。
言い訳なんて物をしたのは、これが初めてでは
ないだろうかと――――

街の様子は変わらない。
人の居ない大通り、陽炎に偏る街並。たまに人
とすれ違うクセに、振り返れば誰もいないおかし
な空虚さ。
「――――――」
暑い。白く溶けてしまいそうな、清らかで淀み
のない陽光。
早く大きな建物に入って、そこに集まっている
脳から情報を引き出そう。
私の二つ名は霊子ハッカー、シオン・エルトナ
ム。神経に強制介入するモノフィラメント、エー
テライトはこの為にある。
人間の脳を破壊する事が目的ではないのでクラッ
カーとは呼ばれない。
……いや、違う。
別にそんな事をしなくてもいい筈だ。
私はただ再来したという吸血鬼の情報を集める
だけ。
たとえそれが、すでに知っている物にすぎない
としても。
シオン
「………………っ」
疲れが溜まっているみたい。
喉は渇いて苦しいし、疲れた体はキシキシと軋
んで縮んでいくようだし。
シオン
「は――――あ」
肺にたまった空気を吐き出す。
吐息は熱くて火のようだった。
シオン
「くる……し」
微かな眩暈がする。
休まなければ、本当にまともな睡眠をとらない
と負けてしまう。
私は、もってあと二日か三日。
シオン
「でも、私はまだ活動できる」
動くうちは動く、それは生物として当たり前の
事だ。
昨夜の戦闘によるダメージが抜けきっていない
が、活動に支障はない。
速く済ませて寝床に戻れば、すぐに夜になって
くれるだろう。
情報収集は容易く終わった。
街の住人は、その大部分が“吸血鬼”の再来を
知っている。
だがその信憑性は薄く、志貴が知っている情報
と大差ないものだ。
シオン
「……だと言うのに、みな噂を否定しない。
信憑性が皆無だというのに、当然のように認め
られている噂」
街の人々は誰もが悪い予感を抱いている。
無人の街並は彼等の心の在り方だ。
街は今日も、そして明日も暑く揺らめくだろう。
舞台は記録的な猛暑に襲われているだけの街。
そこに生じた何か発端の判らないおかしな齟齬。
よくない思い付き、不吉な予感、賽の裏目。
偶然か。“不安”と呼ばれる虞れが次々と現実
化する暗い夜。
一度も殺人事件など起きてはいないのに“いる”
とされる、帰ってきた吸血鬼。
そして。
無人と化した深夜。ビル街を徘徊する謎の影。
シオン
「……悶えるような熱帯夜のなか、月はじき真円
を描く……その時までに、私は」
この、正体の判らない“噂”を、確かなカタチ
に導かなければならないようだ。

シオンは時間通りにやってきた。
シオン
「時間通りですね、志貴」
遠野志貴
「ああ、なんとか屋敷を抜け出してこれた。秋葉
のヤツがなんか挙動不審でさ、しきりにロビーを
うろついていて困った困った。……もしかして俺
が夜出歩いてるってバレてるのかな」
シオン
「それは無いと思いますが。志貴から引き出した
データからでは、遠野秋葉という人物はそのよう
に回りくどい監視はしないでしょう」
遠野志貴
「……む。それはまったくもって」
シオン
「その件は志貴の問題ですから、私には無関係で
す。それより真祖の件はどうなりましたか」
遠野志貴
「ああ、それなんだけど、どうも捕まらなくて。
アルクェイドの部屋に書き置きしておいたから、
明日にはなんとか」
シオン
「そうですか。彼女が志貴に気を遣って吸血鬼を
追っているのなら、事件が解決するまで志貴には
近づかないでしょうし」
「けれどこうとも考えられますね。街で噂になっ
ている吸血鬼は一年前の吸血鬼ではなく、一年前
から街にいた吸血鬼なだけかしれない、と」
遠野志貴
「―――シオン、君」
シオン
「そもそも真祖こそ、最も強い吸血衝動を抱える
生物です。彼女が一年間も人間の街にいて、何一
つ事件が起きなかった方がおかしい」
遠野志貴
「それは違う。アルクェイドは人間の血は吸わな
い。シオンは知らないだけだ。
アルクェイドは―――」
シオン
「吸血鬼ではない、と言うのでしょう? 志貴が
そう言うのなら、真祖はそうなのでしょう」
「ですが、この街に吸血鬼が再来したというのな
ら、真祖以外に吸血鬼がいなくてはおかしい。人々
の噂にはモデルとなったモノがある筈ですから」
遠野志貴
「噂のモデル……? それって一年前の事件の事
だろ」
シオン
「それはモデルではなく原因でしょう。ここまで
明確になった噂には、必ず目撃談がなくてはなら
ない。
真偽はさておき、“夜に徘徊している謎の人物”
という実像がないとおかしいではないですか」
遠野志貴
「……?」
シオンの言う事はちょっと解りづらい。
シオン
「噂が真にせよ嘘にせよ、元になったモデルは必
ず有るという事です。真祖が追っているのもその
モデルでしょう。
ですから、そのモデルさえ見つければ良いので
す。私は真祖に出会えるし、貴方は噂の吸血鬼と
対面できる。これはとてもシンプルだと思います
が」
遠野志貴
「……そうか。ま、言われて見ればその通りだ」
シオン
「でしょう。それでは今夜の巡回を開始します。
昼間のうちに情報は集めておきましたから、噂の
元となった場所を重点的に回ります」

遠野志貴
「今度は路地裏か。あそこもよくよくついてない
場所だよな」

シオン
「ついていない場所、というよりは立地条件が良
すぎるのでしょう。これから行く路地裏は、都市
の死角として理想的すぎ――――」

遠野志貴
「シオン? どうした、何かあったのか」
シオン
「血の臭いがします」
遠野志貴
「え……?」
……シオンは吐き気を堪えるように顔に手を当
てる。それだけ血の匂いが濃いのだろうけど、こっ
ちはまったく感じない。
これだけ血の匂いには人一倍敏感だと自負して
いたんだけど……。
シオン
「志貴は真贋を嗅ぎ分けているだけです。
これは疑似的な血の匂い。今のこの街には相応
しいですが――――」
遠野志貴
「っ、何処行くんだシオン!」
シオンを追いかける。
シオンは路地裏へ入っていった。

遠野志貴
「なんだ、やっぱり血の匂いなんて―――」
路地裏に変化はない。
ただ、街の噂の所為だろうか。
一年前のように、路地裏が血にまみれている光
景が脳裏に浮かんでしま――――

遠野志貴
「――――!?」
シオン
「そこにいるのは誰です!」
遠野志貴
「!?」
がたん、という音。
物陰に隠れていたのか、潜んでいた何かは音も
なく路地裏を走り去っていく。
その一瞬。
走り去っていく人影の髪がなびくのが見えた。
背中までかかる、長い長い赤い髪。
それは、間違いなく―――
シオン
「志貴、追いかけます!」
「あ――――ああ、わかった!」

街は無音。
俺たちの走る足音だけがカンカンと響く中、俺
たちはソレと遭遇した。

遠野秋葉
「に、兄さん……!?」
遠野志貴
「秋葉――おまえなんで、こんな所に」

遠野秋葉
「そ、それはこちらの台詞です! 消灯時間はとっ
くに過ぎているのに、屋敷を抜け出して何をやっ
ているんですか!」
……秋葉は明らかに動揺している。
後ろめたい物があるのか、いつも凛とした気丈
さがまったくない。
遠野志貴
「……何をしてるって、俺は噂になっている吸血
鬼を捜しているだけだ。別に悪い事はしていない。
説明はこれだけで十分だろ」
遠野秋葉
「え……いえ、それは確かに、簡潔で解りやすい
説明ですけ、ど」
遠野志貴
「じゃあ次はおまえの番だ。……おまえ、こんな
夜更けに何してるんだ。何かの間違いだってのは
判ってるけど、さっきのはどういう事だ」
遠野秋葉
「あ―――いえ、わ、私だって後ろめたい事など
微塵もありません。ありませんけど、その……」
遠野志貴
「その?」
遠野秋葉
「兄さんには説明しづらいと言うか、説明したく
ないと言うか……」
もじもじと指を絡ませる秋葉。
……路地裏にいたのは秋葉なのかはっきりして
いないが、何か隠しているという事だけは明確だ。
遠野志貴
「あのな。そんな言いぶりだと疑いたくもないの
に疑わしくなるだろ。いいからはっきりと言えっ
て」
遠野秋葉
「――――」
シオン
「志貴、時間の無駄です。彼女には話す意思があ
りません。それに、もし憑かれているとしたら、
本人には自覚がないのだから答えられない」
遠野志貴
「シオン……? 憑かれているってどういう……」
「……待って。その女性はどなたですか、兄さん」
遠野志貴
「いや、誰って――――」
と。答えて背中が冷たくなった。
遠野秋葉
「――――――」
さっきまでの動揺ぶりは何処に行ったのか、秋
葉はいつも以上に秋葉然としてこっちを見据えて
いる。
遠野志貴
「あ、秋葉、彼女は――――」

遠野秋葉
「ええ、判ってますわ、兄さん」
遠野志貴
嘘つけ、全然判ってないだろおまえ!
遠野秋葉
「私は当然兄さんを信じています。けれど、どう
しましょう。こんな夜更けに、しかも異性を連れ
て歩いているなんて、どう誤解されても文句は言
えませんよねぇ、兄さん?」
遠野志貴
「…………」
遠回しに「どんな弁解もできませんわ」とおっ
しゃる秋葉お嬢様。
まったくきょうはくだ。
遠野志貴
「だから違うってば!
これには訳があってだな――――」
シオン
「志貴。彼女は貴方の妹ですね?」
遠野志貴
「そうだけど、ちょっと黙っててくれ。今取り込
み中なんだ」
シオン
「それは後回しです。彼女を調べてみたくなりま
したので、捕獲してください。抵抗するようなら
強制的に」
遠野志貴
「ぶっ――――!」
遠野秋葉
「――――」
遠野志貴
「な、なんて事言い出すんだシオン! 秋葉には
冗談通じないんだから、そんなトンデモナイこと
言い出さないでくれー!」
シオン
「志貴。貴方に拒否権はないと判っている筈です
が」
遠野志貴
「ああもう、判っててもダメ! たとえ脳に電気
を流されるようが、秋葉にそんな事できる訳ない
だろう!」
つーか、秋葉の反撃はきっとそれ以上に凶悪だ
よぅ……!
シオン
「……仕方ありませんね。まあ、確かに一度くら
いは現状を教えなくてはいけませんか」
くいっ、と指を動かすシオン。
と。
なんか、体が勝手に動き始めるんですけど……?
遠野志貴
「え――――ええ!?」
シオン
「エーテライトは志貴の神経に繋いである、と言っ
たでしょう。これは、本来このように扱うもので
す」

遠野志貴
「うわ、ばか、止めろーーー! この、人権迫害、
冷血鉄仮皮、人の人生デタラメにして楽しいのか、
ええい、難しいコト言えば済まされると思うなよ
バカぁっっっ!!!!」
シオン
「……素晴らしい。今の罵倒で私も良心が消えま
した。志貴の協力に感謝します」
遠野志貴
「わーーーーー! うそうそ、今のワンモアー!」
シオン
「却下します。今の罵倒を繰り返されたら、私も
冷静であり続ける自信がないので」
くい、くい、とシオンの指が動く。
釣られてナイフを握り始める遠野志貴
遠野志貴
「きゃーーーー! シャレになってないっすー!」
悲鳴が漏れた。
秋葉は―――

紅赤朱秋葉
「――――」
……なんか、髪を赤くして不敵な笑みを浮かべ
ていらっしゃる。
……あれは、怒っている。
とんでもなく怒っている。
俺に命令するシオンと、それに反論しない俺と、
なにより秋葉を捕えろ、というシオンに秋葉お嬢
様はご立腹な様子だった。
紅赤朱秋葉
「……ふぅん。事情はよく判りませんけど」
……うう、事情が判らないのなら聞いてくれー。
紅赤朱秋葉
「どうやら兄さんには、強烈な目覚ましが必要な
ようですねぇ?」
ペキペキ、と指の骨を鳴らす秋葉。
それ、目覚ましじゃなくて体罰〜〜〜っ!
遠野志貴 vs. 遠野秋葉
勝利
F なんてことだ
敗北
E 戦うお嬢さんたち
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