MELTY BLOOD

MELTY BLOOD
-Re・ACT-

■ストーリーモード■

3/猛暑、ところにより嘘。
Alice's anxiety

Dルート


シエル
「っ――――!」

シオン
「そこまでです。私たちの勝ちですね、代行者」


シエル
「……なるほど。確かに能力が向上している今の
貴方と戦うのは分が悪い。加えて彼が協力してい
るのなら、下手に手を出すのはやぶ蛇でしょう」

「シオン・エルトナム・アトラシア。
 貴方の監視はそこの彼に任せる事にします。こ
れ以上貴方に手を煩らわせ、本業が滞るのも馬鹿
らしい」

シオン
「おかしな事を。志貴は私に協力しているのです。
彼が私の妨害をする事なんてありえません」

シエル
「ええ、そうでしょうそうでしょう。そこの人は
誰であれ甘いんですからね、貴方の邪魔なんてし
ませんよ。


 けれどどのような形であれ、彼と行動すると悪
い事ができなくなるんです。これ、覚えておいた
方がいいですよ」

シオン
「?」

シエル
「――――遠野くん」

遠野志貴
「は、はい! ……なんでしょうか、先輩?」

シエル
「そんなに警戒しなくていいです。
 いいですか、遠野くんの方から彼女に関わった
んですから、ちゃんと最後まで監督しないとダメ
ですよ。途中で放り出したらそれこそ許しません」

遠野志貴
「監督って、俺がシオンを?」

シエル
「ええ。彼女は吸血鬼を捜そうとしますから、ち
ゃんと保護してあげてください。少なくとも私が
死徒を仕留めるまでの間、彼女を守ってあげない
とダメです」

遠野志貴
「先輩が死徒を仕留めるまで……って、先輩、先
輩も噂の吸血鬼を捜してるのか……!?」

シエル
「当然です。教会から正式に指令が下された以上、
この街には協力な死徒が潜伏しています。ですか
ら遠野くんもあまり無茶はしないように」

シオン
「……教会が計測した……なら、もう――アレは、
確実に発生する……」

シエル
「そういう事です、シオン・エルトナム。貴方の
気持ちも解りますが、死徒狩りは教会の役割。で
しゃばるのは止めなさい」

シオン
「私の事は見逃す、と……?」

シエル
「まさか。この街に潜伏した死徒を処理次第、貴
方の保護が最優先事項になるのは間違いないでし
ょう。ですから」

シオン
「今のうちに日本を去れというのですね、代行者。
……驚いた。騎士団の方々は埋葬機関を殺人者の
群だと称していましたが、その情報は誤りですか」

シエル
「間違いではありません。ただ、今夜はたまたま
気分が悪いだけです」

「埋葬機関と言えど人の子ですから。
 ……その、猫を被りたくなる相手というのが一
人ぐらいはいるものなんです」

「そういう事ですから、遠野くん。詳しいお話は
事件が終わってからにしましょうね」





遠野志貴
「…………」

シオン
「良かった。発見されたのは大きなマイナスです
が、彼女を撃退できたのは予想外の展開です。

 彼女に発見されてしまったのなら、私には逃げ
るか最後の手段を使うかの選択肢しかなかった。
そのどちらでもない結果に終わるなんて、志貴は
予測した以上の外的要因なのでしょう」

遠野志貴
「………………」

シオン
「代行者はよほど志貴を警戒しているのですね。
埋葬機関の一員が“職務に支障をきたすので戦闘
を避ける”相手なんて、私は知りません」

遠野志貴
「………………」

シオン
「ともあれ、予測していた最大の障害は排除でき
ました。これなら―――

と、志貴。私の話を聞いていますか?」


遠野志貴
「え……ああ、なに、シオン?」

シオン
「なに、ではありません。代行者を排除できたの
ですよ? ここは、お互いに喜ぶべき場面だと思
うのですが」

遠野志貴
「あ――うん、まあそれはそうなんだけど……」
(……それは単に問題を先送りにしただけという
か、シオンはともかく俺は余計先輩を怒らせただ
けって言うか……)

「いや、良くない未来を考えるのは止めよう。そ
れよりシオン。さっき先輩が言っていたのはどう
いう事なんだ」

シオン
「? どういう事なのか、とはどういう事でしょ
うか」

遠野志貴
「だから、シオンが指名手配されてるってコト!
 見つけ次第保護……っていうのはいいとしても、
拿捕っていうのは行き過ぎじゃないか。

シオンはアトラスっていう所の魔術師だって教え
てくれたけど、指名手配されてるなんて言わなか
った」

シオン
「当然でしょう。口にする必要性を感じなかった
のですから」

遠野志貴
「か、感じられなかったって、それって隠し事っ
て言わないかシオン!」

シオン
「志貴、無闇に怒鳴るのは止めてください。人目
につきます」

「ですが、確かに私のミスと認めます。まさか教
会にまで私の手配が回っているとは思いませんで
した。魔術協会はよほど私を連れ戻したいようで
すね」

遠野志貴
「……いいけど。それでシオン、君は一体なにを
したんだ。先輩が本気で襲いかかってくるなんて
滅多にな――」

「――いや、そう多くはなかったりするから、シ
オンは怒られるような事をしたんじゃないのか?
 そうだとしたらちゃんと言ってくれないと困る
ぞ」

シオン
「困る……? 志貴が、どうして」

遠野志貴
「そりゃあ協力関係にあるんだから相互理解は必
要だろ。……いや、そんなのは建前だな。単にさ、
オレはシオンのコトをもっと信頼したがってるだ
けだよ」

シオン
「? それは協力者として必要な事なのでしょう
か?」

遠野志貴
「うん。仲間として大切なコトでしょ」


シオン
「―――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――」

遠野志貴
「シオン?」

シオン
「……志貴。私が追われているのはアトラスの教
えに背いているからです。客観的に見て、志貴が
“悪い事”と判断する罪状は一切ありません。

 志貴は犯罪者に荷担している訳ではないので安
心してください」

遠野志貴
「え――あ、いや、シオンが悪いことをしたのか
って訊いてるんじゃなくて、どうして先輩に追わ
れてるのかって――」

シオン
「信じなさい。私は、志貴が嫌悪する事はしてい
ない」


遠野志貴
「あ――うん、信じた」

シオン
「――――はい。
 それは、とても良かった」

「では話を続けます。
 私の所属していた魔術協会はアトラス院と呼ば
れる所です。

 魔術協会は一つの組織ではありますが、それは
世界各地に拠を構える多くの学院の集合体にすぎ
ません」

遠野志貴
「知ってる。魔術協会の中で一番大きいのはロン
ドンなんだろ。先輩が前に言ってた」

シオン
「“時計塔”の二つ名を持つ大英博物館ですね。
そこは協会の中でも基本にして至高の学舎です。
多くの魔術師は時計塔のスタンスに倣っています」

「ですが、私はそことは大きくかけ離れた土地、
エジプトに拠を構えるアトラスの錬金術師です。

 他の学院は多少様々な規律の元で神秘を学んで
いますが、アトラスにおける戒律は唯一つであり、
それを破った者は厳罰に処されます」

遠野志貴
「厳罰に処される、って、もしかしてシオン」

シオン
「はい。私は唯一つの戒律を破りました。
 アトラスはアトラス内で発生した研究の流出を
禁じています。ですが、私は自身の研究の為に多
くの学院を訪れ、情報を交換しました」

遠野志貴
「……つまり、それはアトラスっていう所の秘密
を教えてしまったってコト?」

シオン
「いえ。アトラス院に関する情報は一切口外して
いません。私が売り買いした情報は、あくまで私
の研究に関する事だけです」

遠野志貴
「なんだ、良かった。それなら別に怒られる筋合
いはないじゃないか」

シオン
「いえ。自己の研究成果は、自己にのみ公開する。
これがアトラスの唯一にして絶対の規律です。で
すから私の行いは重罪と言えるでしょう」

「錬金術師にあるまじき行為だとは思います。け
れど私には、アトラスの規律より自身の疑問を晴
らす事のほうが優先的だった」

遠野志貴
「ふうん。で、その自身の疑問ってのが吸血鬼化
を治療する方法、ってヤツなのか?」


シオン
「……そうです。死徒という不老不死、それを求
めようする人間の思考回路、それを禁忌として避
ける人間の根底命令……どうして、自分自身に疑
問を持つのかという疑問が、私の枷です」

遠野志貴
「? あのさ、悪いんだけどもうちょっと判りや
すく説明できないか? シオンの言い方は(難し
くて)解りづらい」


シオン
「っ……! 失礼な、志貴の不出来さを私に押し
つけるとは何事です! 貴方の言葉に合わせてい
るだけでも時間の無駄だというのに、その上貴方
の知性に合わせた会話をしろと言うのですか!

いいえ、そもそも私の説明に足りない単語はあり
ません。足りない物があるとしたら、それは志貴
の努力と理解力に他ならない!」

遠野志貴
「―――――」 シオン
「と、ともかく、私の目的は吸血鬼化の治療なの
です! 志貴だってこれが確立されれば嬉しいの
でしょう!?」

遠野志貴
「ああ、それは嬉しい。けどシオン君―――」

シオン
「な、なんですか志貴」

遠野志貴
「君の目的ってそれだけじゃないだろ。先輩の口
振りじゃ、君は今回の吸血鬼騒ぎに関わりがある
んじゃないか?」

シオン
「もちろん、志貴に頼まれて情報を集めています」

遠野志貴
「…………………」
(じーーーーーーっ)

シオン
「し、知りませんっ。わたしに関わりがない事
です! ええ、なぜ私がこんな極東の地の、取る
に足らない些細な吸血鬼騒ぎに関わらないといけ
ないのでしょう!」

遠野志貴
「うわ。取るに足らないってのは酷いな」

シオン
「あ、いえ、そういう意味ではなく、つまり現段
階では取るに足らないという意味で!

 まだ噂が確定されていない以上、犠牲者だって
出ていないでしょう? つまり、重大になってく
るのは犠牲者が出てからなんです」

遠野志貴
「ふむふむ。噂に過ぎない事件なんて、確かに取
るに足りない話だよな。はは、それを真面目に追っ
てた俺も間抜けだなー」

シオン
「違うと言っているでしょう! ですから取るに
足りないというのは語弊があって、私としては犠
牲者が出る前にこの街にたどり着けて僥倖なので
す。

 いいですか志貴、吸血鬼が再来したという噂自
体は無視してはいけない始まりであって――」

遠野志貴
「噂を無視してはいけないって、シオン。
 君、そんな事よりアルクェイドに用があってこ
の街に来たんじゃないの」

シオン
「っ……! そ、そうだと言ったではないですか。
 わ、私は真祖に会う為にこの街にやってきたの
です。そこで偶々たまたま、私とは無関係の死徒が現れた
だけではないですかっ!」

遠野志貴
「………………………………………………………
…………………………………………………………
……………………………………………ま、いっか」

シオン
「な、なにかいいのですか、志貴」

遠野志貴
「いや、隠し事はあるけど悪人には見えないから、
いいかなって」

シオン
「……意味はまったくもって理解不能ですが、何
か癪に障ります。
 志貴、きちんとした説明を要求したいのですが」

遠野志貴
「それは却下。ま、事情は判ったからこの話はこ
れでおしまいにしよう」

「それよりもうじき夜が明ける。夜になったら吸
血鬼は出歩かないし、それに」

シオン
「志貴の肉親が起きてしまう、ですね? 確かに
これ以上の探索は無意味です」

遠野志貴
「……ちょっとシオン。君さ、なんでこっちの事
情をそこまで知ってるんだ」

シオン
「志貴本人が強く思っているからです。『夜出歩
く事を秋葉に知られてはならない』という思いが
強く優先されています。

 ……志貴は秋葉という人物を大切に思っている
反面、たいへん怖れていますね。
 そこまで志貴の思考を占めている秋葉という人
物は何者なのでしょう?」


遠野志貴
「いや。その話は、止めにしよう」
(っていうか、止めにしたい)

「とにかく今夜は解散。また明日、同じ時間に集
合しよう。今日こそアルクェイドを捕まえるから
さ」

シオン
「――――え?」

遠野志貴
「それと昼間は隠れていたほうがいい。
 先輩、ああは言っていたけどシオンが一人でい
たら捕まえにくるかもしれないから」

シオン
「――――それは、そのつもりですが、その」

遠野志貴
「それじゃあな! また夜、約束の場所で!」

シオン
「――――――――。
 ……困ります。どうしてそう、私を疑おうとし
ないのですか、貴方は」

 ……夢を見ている。
 私にとっては無駄な時間。
 睡眠は脳を休ませるものだというのに、こんな無駄な思
考をしている。
 体が弱っている為だろう。
 きっと自分をコントロールできていない。
 ……それは矛盾してはいないか。
 疲労困憊というのなら、夢を見る余裕などない。
 だというのに、どうして私は、こんな意味のない回想を
するのだろうか。

 エルトナムの名は、アトラスでは焼き印のような物だっ
た。
 畏怖。嫌悪。敬遠。罪人。
 声にこそ出されなかったものの、私はそういうモノとし
て扱われてきた。
 古くから錬金術を学んできた一族。
 かつては権力と威厳、尊敬の対象であった名門貴族。
 それがただ、かつてそうだったにすぎないモノに変わっ
たのはいつからだったか。

 私は情報を共有する。
 私の父も、その祖父も、そのまた祖父も、同じように知
識を身につけてきた。
 私たちには学習という過程が無い。
 エルトナムの人間は、書物から知識を得るのではなく人
間から知識を奪う。

 それは合理性を追求した結果だった。
 一つの事を知りたいのならば、わざわざ一から学習する
必要はない。
 熟知した人間がいるのならば、すでに完成した理論をコ
ピーした方が圧倒的に効率が良い。
 そう考えた私たちの先祖は、他者の脳に強制介入する手
段を編み出した。
 第五架エーテル空要素で編み上げられた疑似神経・エーテライト
を使った魂への強制ハッキング介入がそれである。

 エーテライトは人体に触れると相手の神経に介入し、新
しい神経となってこちらの思考を相手へと送りつける。
 言うなれば人間というハードの乗っ取り。
 脳は肉体を統べるただ一つ命令系統だ。
 そこに第二の命令系統を作り上げ、かつ元からあった命
令系統をサブにし、偽造した回線をメインにするのがエー
テライトによるハッキングである。
 人間の深部にまで到達したエーテライトは、
 脳髄からは情報を、
 魂の設計図である霊子からは思考法則を偽造する。

 無論、一人の人間を完全に掌握するには何千という防壁
……理性・本能を突破しなくてはならない。
 才能と言えば才能なのだろう。
 エルトナムの人間は、そういった“自分以外の情報体へ
の侵入”に困難を感じなかった。
 複雑な情報体を掌握する方法は、対象となる理性の屈服
以外にありえない。
 強大な外界からの意思力―――魔眼による呪縛や薬物に
よる浸食等―――によって支配された人間は、その情報体
に傷を付けられ、時に再生不能……廃人となる事も多い。

 だが私たちの方法は違う。
 他者の情報体に傷を残さず、侵入され書き換えられてい
る事さえ気づかせず、他者の情報を入手する。
 それは道徳性が欠けた錬金術師の中でさえ異端とされた
技術だ。
 そして同時に、エルトナムを力ある一族たらしめてきた
秘伝でもある。

 ……それが崩れたのはいつからだろう。

 私が生まれた時、エルトナムはすでに没落し、名ばかり
の名門として扱われていた。
 直接的な原因は三代前の当主が掟を破り、アトラスから
離反した事。
 二次的な原因として、私たちの技術が他の錬金術師に怖
れられていた事。

 そうして、エルトナムに関わる者はいなくなった。
 だがそれがマイナスであった事はない。
 幸い、祖父も父も私も、迫害らしい迫害は受けなかった。
 いくら怖れられ嫌われようが、私たちの技術は合理的な
物だ。
 彼等に私たちを否定する権利はなく、私たちを上回る錬
金術師はいなかった。
 だから彼等は、無視する事に決めたのだろう。
 私たちを罰する事はできない。
 だから、私たちをいない者として扱った。
 アトラス院という穴蔵の中で。
 エルトナムの屋敷は、もっとも深い闇となった。

 けれどそんな事は問題でさえない。
 没落したとは言え、エルトナム家の誇りは変わらない。
 私は、エルトナムの娘として、誇り高くあろうと努力し
た。
 正しく。
 誰よりも優れ。
 どのような過去さえはじき返す程の実力を示してきた。

 ……そう、問題なんて無かったのだ。
 私を無視するしか反抗できなかった彼等。
 エルトナムの跡継ぎとして遜色ない能力を持つ自分。
 私の未来に問題なんてない。
 あるわけがない。
 そんな理由が見あたらない。

 だと言うのに。
 私は疑問に囚われた。
 それがどんな疑問なのか、どのような解を求めているの
か。
 それさえも解らない正体不明の疑問。

 微妙なズレは刻一刻と比重を増し、
 いつしか私は、その重さが煩わしくなって――――

 ……時間だ。
 太陽は沈み、街は無音のまま夜になった。

シオン
「……いけない……もう、こんな時間」

 呟く喉が痛い。
 ……やはり、まともな部屋で眠った方がいいの
だろうか。

 連日の暑さで肌が乾燥し、動くたびにパリパリ
と音をたてる。

シオン
「志貴は―――もう来てるんだ。
 ……まだ十分も前なのに。……そうね、時間は
正確に守るよう、忠告してあげないと」

 志貴に繋げたエーテライトから、彼の情報は随
時伝わってくる。
 今日も一日、彼は真祖を捜したり噂の吸血鬼を
捜したりと忙しかったようだ。

シオン
「それを口にしないのが志貴の性格、か。正直者
ね。……優等生を演じている私とは大違いだ」

 ……それがどうという訳ではないけれど。
 なんとなく、志貴との会話は上手くいかない。
 辛くもないし嫌でもない。なのに苦手だ。

シオン
「……当然と言えば当然か。実際、同年代の異性
と話すのは初めてなのだから」

 そう、初めて。
 アトラスにいた頃では考えられない事。
 いや、そうじゃなくて、単に考えてはいけなか
っただけ――――

シオン
「っ……!」

 吐き気がした。
 目の前が真っ赤になって、このまま倒れてしま
いそうになる。

シオン
「―――停止。今の事柄は、考えてはいけない」

 思考を殺す。
 余分な事は考えてはいけない。
 今の私がすべき事はただ一つ。

 真祖と交渉し、彼女を拘束する。
 そうして彼女とタタリを引き離し、今度こそあ
の吸血鬼を―――

 約束の時刻より早めに到着すること十分。
 昨日と同じく、規則正しい足取りでシオンがやっ
てきた。

シオン
「こんばんは、志貴」

遠野志貴
「や。やっぱり時間通りだね、シオン」

シオン
「勿論です。
 ……志貴は、そうではないようですが」

遠野志貴
「え? 何か言った、シオン?」

シオン
「別に。私らしくない独り言ですから、追及はし
ないでください」

 ……む。なんか、心なしか顔色が悪い。
 機嫌が悪いというか、元気がないのはそのあた
りが原因だろうか。

遠野志貴
「シオン、大丈夫か? なんか無理してるみたい
だけど」

シオン
「心配には及びません。体の管理は錬金術師の基
本ですから。そんな事より真祖の件はどうなりま
した、志貴」

遠野志貴
「ああ、それなんだけど、今日も捕まらなかった
んだ。どうも避けられている節がある」

シオン
「そうでしょうね。昨日の代行者のように、真祖
も志貴には優等生であろうとしているのでしょう」

遠野志貴
「ぷっ。まさか、アルクェイドに限ってそんな事
ないって。あいつが人に気を遣うタマかっていう
んだ」

シオン
「……まったく。心の機微に愚鈍だというのは本
当ですね」

「まあいいでしょう。それでは今日も成果はなし
ですか」

遠野志貴
「いや、そこまで考えなしじゃないよ。アイツの
部屋に書き置きを残してきた。

 大事な話がある、どうせ俺の行動なんて知って
るだろうから十二時過ぎに公園に来い、こなきゃ
もう朝飯作りに行かないぞって」

シオン
「……志貴。それで真祖が応じると本気で思って
いるのですか」

遠野志貴
「うん、応じるよ? 前にアイツと秋葉がシャレ
にならないケンカした時があってさ。どう見ても
アルクェイドの方が悪いんで、謝れって言ったん
だ」

「もちろんアルクェイドが謝る訳ないんだけど、
朝飯抜きっていったら素直に秋葉に謝った前歴が
ある。今のところ、これが対アイツ用の最大の交
渉です」

 えっへん、と胸を張る

 シオンは呆然とした後、

シオン
「なるほど。真祖に対する認識を、大幅に改めま
した」

 なんて頷いた。

遠野志貴
「それじゃ公園に行こうか。今日こそはアルクェ
イドに会わせるよ、シオン」



 公園に着いた途端、その異常さを感じ取った。
 むせかえるほどの血の匂い。
 肌にまとわりつく夏の夜気をかきわけて奥へと
走ると、そこには――――

遠野志貴
「な――――!?」

シオン
「――――――――」

アルクェイド
「―――」

 白い月下。
 地面という地面を血に染めて、無数の死体の上
に、アルクェイドが佇んでいた。


アルクェイド
「……ふん。失敗したクセになかなか真に迫って
るんじゃない、コレ」

 頭上の月を睨み、アルクェイドは楽しげに笑っ
ている。

 その雰囲気は、どこかおかしい。
 アレは間違いなくアルクェイドだ。
 けれど微妙に、アルクェイド以外の何かが混ざっ
ているような気配がする。

アルクェイド
「あ、やっときた。志貴、人を呼びつけたクセに
時間を守らないんだもの。しかも知らない女と一
緒だし。なんか、頭にきちゃったな」

 クスクスと笑う。
 その雰囲気、漂ってくる威圧感は明らかに異常
だった。自制を無くしているというか、お酒に酔っ
た秋葉っぽいというか。

遠野志貴
「……待て。おまえ、本物か」

アルクェイド
「あら。そう言う志貴は本物かしらね」


「まあそれはすぐに確かめるとして―――そこの
魔術師。わたしに何か用でもあるの?」

シオン
「はい。私の名はシオン・エルトナム・アトラシ
ア。錬金術師として、真祖の姫君に協力していた
だきたく参上しました」

アルクェイド
「わたしに協力しろ? 珍しいわね、教会の人間
以外でそんな事を言ってくるなんて。……いいわ、
言ってみなさい。面白ければ聞いてあげる」

シオン
「……はい。私は吸血鬼化について研究していま
す。真祖に血を吸われ死徒となった者。その死徒
に血を吸われ吸血鬼となった者。この一方通行に
手を加える為に」

アルクェイド
「ふうん。それはつまり」

シオン
「はい、吸血鬼化の治療に他なりません。人間は
貴方たちの血によって異なる生物へと変貌した。
ならばまた、人間へと変貌する事も道理の内でしょ
う。その為には大本である真祖の血を――――」

アルクェイド
「なんだ、そんな事? だめだめ、つまらないか
ら話はここまでよ」

シオン
「っ……! つまらない、とは聞き捨てなりませ
ん。もとはと言えば貴方たちがまき散らした病魔
ではないですか。貴方には死徒を無視する事はで
きない筈です……!」

アルクェイド
「別に死徒がつまらない、と言っているんじゃな
いわ。
 私はね、あなたがつまらないと言っているの」

シオン
「――――それは、どういう意味ですか」

アルクェイド
「だってそんな事は不可能だもの。吸血種になっ
た人間は、もう人間には戻れない。時間は逆行し
ないのよ、シオン・エルトナム・アトラシア」

「それに貴方の目的は別でしょう? 吸血鬼化を
治療する? そんなの嘘よ。
 それが不可能だって、あなた自身が理解してい
る筈だもの」

シオン
「――――」

アルクェイド
「そうでしょう? だって貴方、とっくに―――」


シオン
「黙りなさい――――!」

「貴方に協力を求めようとした私が愚かでした。
人間と真祖は手など取れない。ならば、力づくで
従わせるだけです!」

 シオンの体が沈む。
 彼女は瞬時に銃を取り出し、アルクェイドへと
走り出した。

遠野志貴
「な―――シオン、待て……!」

 制止の声も間に合わない。
 シオンは余裕げに佇むアルクェイドへと襲いか
かった。


シオン vs. アルクェイド


勝利
G 遠い別れ

敗北
G 懐古とてすでに罪

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