MELTY BLOOD

MELTY BLOOD
-Re・ACT-

■ストーリーモード■

4/遠い別れ
Stardust

Gルート


シオン
「読み切った―――私の勝利だ、アルクェイド・
ブリュンスタッド……!」

アルクェイド
「……卓越した思考速度で敵の行動を予測する…
…変動する確率密度を解析し、最適と統計を競わ
せるアトラスの錬金術師か」

「けど、未来を予測できたところで覆せない確率
には抵抗できない。船に乗っている人間が、一時
間後に船が難破すると知っても助かる事はできな
いように」

シオン
「……………」

アルクェイド
「本来、わたしとあなたの戦いはそういう事よ。
あなたがわたしの何を予測し、対策を立てたとこ
ろで対抗手段なんてない。

 人間にとって銃が即死武器である事と変わらな
い。どんなに弾道を予測しても、あなたには躱せ
るだけの運動性能はないんだから」

シオン
「……その通りです。
 アトラスの錬金術師は成功する要素が揃わなけ
れば実験を行わない。

 ……いかに貴方のデータを集め対策を練ろうと
も、私にとって、単体で貴方と戦うという事自体
が敗因になっている」

アルクェイド
「解っているじゃない。だというのにあなたは私
の動きについてこれた。
 大したものね。それだけの運動能力があるのな
ら、錬金術なんて必要ないんじゃない?」

シオン
「……………」

アルクェイド
「けどそんな事はどうでもいいわ。
 わたしにはあなたの事なんかより、志貴がそこ
でぼんやりしているコトのが気になるんだから」


「で、志貴。なんだってこんなところに呼び出し
て、そんな女と一緒にいるのよ。……まさかとは
思うけど、やっぱり偽物?」

遠野志貴
「偽物って、そりゃあこっちの台詞だよ。この死
体の山はなんだ。おまえこそ、本当にアルクェイ
ドなのか」

アルクェイド
「これはわたしじゃないわ。志貴が来る前に志貴
がやってたんだから」

遠野志貴
「え……? お、俺が、やってた……?」

アルクェイド
「そうよ。わたしから見ると、志貴だってなんだ
か偽物みたいなんだから。

 ……どうやらわたしたちはみんなアイツの影響
を受けてるみたいね。志貴だって気を抜いてると、
ホントに殺人鬼になっちゃうわよ」

遠野志貴
「ホントの殺人鬼になるって……つまり、その…
…どういうコト?」

アルクェイド
「良くない不安を実行してしまうっていうコトよ。
この死体の山だって志貴がバラ巻いていたんだか
ら。

 今頃はシエルも志貴の事を捜しているんじゃな
い? ……もっとも、こんなんじゃ殺人鬼とは言
えないけど」

遠野志貴
「ば、何するんだアルクェイド! いくらもう手
遅れだからって、死体を思いっきり蹴飛ばすな!」


アルクェイド
「あ、志貴ったらまだ騙されてる。
 いいから、ちゃーんとソレを調べて見たら?」

遠野志貴
「調べろって、おまえ……って、あれ?
 なんだこれ……ただの、生ゴミがつまったゴミ
袋じゃんか」

「あれ、あれれれれ!? なんでだあ!?
 さっきは確かに死体と血に見えたのに……!?」

アルクェイド
「ほら騙された。
 志貴はね、人より厭な経験をしているから余計
に現実化させやすいんだよ」

遠野志貴
「………質問していい、アルクェイド?」

アルクェイド
「うん、いいよ」

遠野志貴
「……その。なに、これ?」

アルクェイド
「そんなの決まってるじゃない。死体と見間違う
ように散乱したゴミの山よ。
 殺人鬼―――いえ、吸血鬼の仕業でしょうけど」

遠野志貴
「吸血鬼って、街で噂になってる例のアレのコト?
 シエル先輩も捜してたけど、やっぱりおまえも
捜してたんだな」

アルクェイド
「なんだ、志貴はもうシエルに聞いてたんだ。
 ……おかしいな、それじゃあそろそろ現れても
いい頃なんだけど……」

「そっか。わたしが居る事でアイツもまだ本決定
していないんだ。……馬鹿ね。欲をかきすぎても
自滅するだけなのに」

遠野志貴
「……アルクェイド。さっきから一人で納得して
いないで、こっちにも事情を聞かせてくれると助
かるんだけど?」

アルクェイド
「そこの女の方が詳しいわよ。わたしじゃ今回の
死徒は上手く説明できないし、なにより当事者に
聞いたほうがいいでしょう?」

遠野志貴
「当事者って、シオンの事?」

シオン
「………………」

アルクェイド
「そうよ。ほんとはね、そんな女ここで殺してお
きたいんだけど、志貴邪魔するでしょ?」

遠野志貴
「ばか、そんなの当然だろ! なんだっこう、
突拍子もなく容赦なし状態になるんだおまえはっ」

アルクェイド
「ほらね。だから今は見逃してあげるわ、錬金術
師。アイツがどんな規模になるか判明していない
以上、今は無駄な力を使う訳にはいかないから」

遠野志貴
「あ―――」

シオン
「止める間もなく行ってしまいましたね。私たち
では彼女には追いつけませんから、追跡は無駄で
しょう」

「それと、ここに残るのは危険です。この熱帯夜
では通行人もいないと思いますが、万が一にも発
見されれば志貴が犯人にされてしまいます」

遠野志貴
「……犯人って、別に誰も殺されていないけど」

シオン
「見る人が見れば、です。
 ともかく移動する事を提案します。ここは、些
か発生率が高い」

遠野志貴
「……分かった。いや、シオンの言ってるコトは
よく分からないけど、とりあえず移動しよう」





遠野志貴
「それで、アルクェイドの言ってた事だけど」

シオン
「…………」

遠野志貴
「アルクェイドはシオンを当事者って言ってた。
あれ、どういう事だ」

シオン
「………………」

遠野志貴
「シオン。君、この街に流れてる噂はよく知らな
いって言ってたけど、ホントは正体を掴んでるん
だろ? それをどうして隠していたかは知らない
けど……」

シオン
「隠していた訳ではありません。
 噂について、私が志貴と同じ程度しか知らなかっ
たのは事実です」

「……ですが、そうですね。
 この街に潜伏する死徒がどのようなモノである
か、私は志貴よりも熟知しているつもりです」

遠野志貴
「やっぱり。人が悪いな、知っていたのならどう
して黙ってたんだ」

シオン
「志貴は噂の吸血鬼を捜していただけでしたから。

 例えるのなら、志貴は傷を治す為に薬を購入し
ようとしていただけ。その薬の構成を知りたいか
ら求めていた訳ではないでしょう? ですから死
徒の正体について説明しても意味がありません」

遠野志貴
「……む。意味ならあるよ。相手がどんなヤツか
知らないと対策が立てられないだろ。

 その死徒はあくまで噂なんだから、ホントに悪
いヤツなのかどうかも判らない。話し合いで済む
相手ならそれに越した事はない訳だし」


シオン
「なんと平和な。アレに対して話し合いだなんて、
志貴は寒気がするぐらいズレていますね」

「……意に反しますが、協力してもらっている報
酬です。このままだと志貴はアレに容易く懐柔さ
れそうですから。志貴に死なれては、協力者とし
ての私の能力が疑われる」

「志貴。真祖や代行者が捜している死徒、この街
の噂の元となっている死徒は“タタリ”と呼ばれ
るモノです」

遠野志貴
「タタリ……? それって祟りの事?」

シオン
「ええ、語源はこの国の呪いでしょう。
 タタリと呼ばれる死徒は主体性のない吸血鬼で
す。限られた区間での人々の噂、不安を摘出し、
その通りに吸血行為を繰り返します」

遠野志貴
「噂通りに吸血行為を繰り返す死徒……?」

シオン
「はい。愉快犯、というヤツなのでしょう。

 歳を取った死徒は、普通に血を吸うだけでは満
足できない。彼等は自らにルールを作り、それを
守る事で本来食事にすぎない吸血行為を娯楽と愉
しんでいる」

「そして厄介な事に、タタリには噂を纏う特殊能
力があるという事です。

 真祖の空想具現化に近いのですが、タタリは人
間の空想を鎧として纏うのです。ですから人間の
不安や悪い噂が凶悪になればなるほど、タタリの
能力は上がっていきます」

遠野志貴
「……む。えっと、それはつまり、不吉な噂を立
てれば立てるほど、その死徒は不吉な存在になるっ
てコト?」

シオン
「ええ。祟りとは強い不安、一般性を持つ噂を現
実にしてしまう呪いシステムの事ですから。
 その名称を冠するタタリは、文字通り“噂”を具
現化する。

 これは一種の固有結界と言われています。
 強力な死徒は固有結界と呼ばれる、自身を中心
とした“現実と異なる現実”を作る力がある。

 固有結界は、その人間の心象世界を体現したも
の。ですからカタチはつねに一定なのですが、タ
タリの固有結界は“カタチを周囲の人間の心のカ
タチにする”というモノ。

 それ故に、固有結界の内容はその地域によって
異なるのです」

「ですが固有結界である以上、その発現はとても
短い。いかに強力な死徒と言えど、その維持には
一夜が限界でしょう」

遠野志貴
「……一夜が限界……だから噂の殺人鬼が現れる
のは夜だけなのか」

シオン
「いいえ。タタリはまだ発生していません。
 タタリをカタチにする為には、噂が蓋然性を持
つ程に広まらなければならない。

 今はまだ、タタリは噂にすぎない状態です。だ
から噂だけで、実際には誰も殺されてはいないで
しょう?」

「タタリは条件に見合った街に根を張り、良くな
い噂の浸透を待ちます。そうして時が満ち、噂が
実現化してもおかしくなくなった時に発生する。

 ……そういった意味で、実際にいた殺人鬼・吸
血鬼がモデルにされている可能性は高いのです。
なにしろ以前に起きた事件ですから、この街の人々
がソレを不安に思うのは当然でしょう」

遠野志貴
「――ふうん。つまり要約すると、そのタタリっ
ていう死徒はまだこの街で血を吸っていなくて、
噂がもっと真実味を帯びたら血を吸い始めるって
コト?」

シオン
「簡潔に言えばその通りです。

 タタリにとって、自分が現れると定めた街は一
つの舞台。今はその舞台に観客が集まりだしたに
すぎません。集まった観客たちは思い思いの劇を
想像し、客席が満席になった時――」

遠野志貴
「タタリは現れる。
―――――舞台の幕が開くって訳か」

シオン
「ええ、一夜限りの。
 過去、そういった形式でタタリを発生させてし
まった街は、朝までに大量の犠牲者を出していま
す。ともすれば街の住人全てが死に絶えるような。

 何しろ街の人間全員が信じた“良くない噂”な
のです。人間は自分が思い描いてしまった悪夢に
は対抗策を持てない。対抗できないからこそ悪夢
なのです。ですから――――」

遠野志貴
「……祟りは、始まってしまったらもう止められ
ないってコトか……」

シオン
「はい。そして、この観客には志貴も含まれてい
る。いえ、ある意味志貴は主賓扱いでしょう。で
すから志貴が不安に思っていた事が“タタリ”に
なる可能性は高い」

遠野志貴
「え? ど、どうして俺なんだよ、それ」

シオン
「志貴は真祖と最も関わりのある人間ですから。
真祖の、その……寵愛を一身に受けているのだか
ら、この街では二番目に重要視されています」


遠野志貴
「真祖の寵愛って……そ、それはその、そう思う
のはシオンの勝手だけど、なんだってそんなコト
で、俺がタタリってヤツに重要視されなくちゃい
けないんだ」

シオン
「志貴が真祖をよく知っているからでしょう。
 考えれば自明の理です。
 この街で考えうる最凶の“悪夢”とは、理性を
なくした真祖なのですから」

遠野志貴
「え――それじゃあ俺が、その……アルクェイド
が無差別に血を吸うようになったら困るな―、と
かシエル先輩が秋葉とけんかしたら嫌だな―、と
か思ったら……」

シオン
「実現化する可能性は高いですね。無から有を作
るより、有を害に変える方がより祟りに相応しい。
タタリは“呪い”をカタチにして使い魔にする死
徒、と仮定して下さい。

 この場合、タタリそのものが暴走した真祖にな
るより、タタリがもとからいる真祖に取り憑いて
暴走させた方が効率がよいでしょう?

 それに、志貴の不安イメージは他の誰よりも明確です。
 実際に多くの吸血鬼を見てきた志貴のイメージ
は、架空の吸血鬼を想像する人々より何倍も優れ
ている」

遠野志貴
「―――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――ちょっと、待て」

「それじゃ何か。俺がアイツや」



「アレを不安に思ってしまったら」



シオン
「――――!」

遠野志貴
「シオン……?」

「っ……ぁ、は――――!」

遠野志貴
「シオン、どうした!? さっきアルクェイドに
やられた所が痛むのか……!?」

シオン
「いえ――――そういう痛みでは、ありません」

「単に吐き気をもよおしただけですから心配には
及びません。
 それより志貴。貴方はこれからどうするのです
か」

遠野志貴
「……? どうするって、どうして?」

シオン
「真祖との交渉は失敗しました。ですがまだ可能
性は残っています。彼女にとって優先事項がタタ
リであるのならば、タタリを利用しての交渉方法
もある」

「つまり、志貴に真祖との端あ私をしてもらう必
要はなくなりました。志貴は以前のように――」

遠野志貴
「うん? ああ、そういう事なら一緒にやろう。

 俺の目的は吸血鬼捜しだし、
 シオンもまずタタリってヤツをどうにかしない
とアルクェイドと話し合いできない」

「せっかく協力関係を結んだ仲間だしさ。
 俺もシオンがいてくれると助かるし」


シオン
「―――驚いた。志貴、貴方はまだ私に協力する
つもりですか?」

遠野志貴
「?」

シオン
「だって、その……私は、これ以上貴方の為にな
る情報を入手できません。
 それに―――隠し事だって、多い」

遠野志貴
「訊けば教えてくれたじゃないか。また判らないコ
トになったら訊くからいいよ」

シオン
「――――――――」

遠野志貴
「それじゃとりあえず街を回ってみよう。そのタ
タリって死徒が実際に祟りを起こす前になんとか
しなくちゃいけないし」


 ―――そうして、私は遠野志貴と行動を共にしている。

 ……何故なのだろう。
 真祖に協力を拒まれた以上、彼に同行する必要性はまっ
たくない。
 彼はタタリという死徒を勘違いしており、こうして夜の
街を巡回していればタタリと出会えると思っている。
 ――――それは無意味だ。
 そんな事でタタリと遭遇できるのなら、タタリはとっく
に教会によって封印されているだろう。

 私は、無駄と理解しながら志貴と行動を共にしている。

 つまり、理由は不明。
 ……信じられない。
 私は、解らない事は不快だ。
 なのに、どうして。
 この不理解さは、癪に障らないのだろう。

「シオン、こっちの方はどうかな」
「そちらには何も。揺らぎがあるのは街の中心ではなく、
末端の方です」
「……街の端っこって言うと、公園とうちの屋敷と工場地
帯と新しい工事現場か……あ、学校は? 以前吸血鬼のね
ぐらになっていたけど」
「学校は除外してかまいません。長期の休みに入って人が
いないでしょう? 噂が立たない所、つまり人がいない所
にタタリは現れません」
「そうか。ならまずは工場地帯にしよう」

 ……私の発言は、正しくはない。
 タタリは人気が多い所ではなく、人ひとけを一望できる場所
を好むんだ。
 ならば、高台にある学校と遠野の屋敷は優れた立地条件
である。

 ……工場地帯へ急ぐ。
 そこはかつて、志貴がある別れを経験した所だ。
 エーテライトを接続している為、彼の思考は私に流れ込
んでくる。
 平静を装っているけれど、今、志貴の頭を占めているの
は吸血鬼になってしまった一人のクラスメイトの事だ。

「………………」
 その思いに、苦しくなる。
 一見茫洋とした志貴の内面は、針の山を歩く修行者に似
ている。
 しかも無意識。
 彼は、自分がそういった道を歩いているのだと意識しな
いでひぃひょいと前に進む。
「………っ」
 いっそエーテライトを切ってしまおうか。
 そうすれば彼の思考に流される事もなくなる。
 先程の吐き気もそれだ。
 志貴があまりにも鮮明に“血”をイメージした為、私ま
で血に酔ってしまったのだ。

「シオン、そこ気を付けて。階段崩れかかってるだろ。明
かりがないから足元に注意すること」
「判っています。月明かりで十分把握できますから」
「だな。ほとんど満月だし、今夜は明るい」

 言われて空を仰いだ。
 頭上には黄金の月。

 ……暗く、混雑した廃墟はあの夜を連想させる。

 三年前の夜。
 山村の一夜。
 祟りによって滅びた村。
 ただ一人生き延びた自分。
 ……否。私は、ヤツに見逃されたのだ。
 あの、人間の血を吸わなければ生きていけない不出来な
生物に、私は情けをかけられ見逃された――――

「……志貴。一つ、質問をするのですが。貴方は吸血鬼を
憎んでいますか」
「難しい事を訊くんだな、シオンは」
 暗がりの中、前を歩く志貴。
 その、背中に。

「―――憎んでいるよ。それに間違いはない」

 一瞬だけ、氷のような殺意があった。

「けど、それは彼等の行いにであって、彼等自身にじゃな
い。善意の概念があるのは人間だけじゃないってコト」
「そうですか。私は」
 善い吸血鬼も、悪い吸血鬼も関係ない。
 ただ、血を吸うだけで不快だった。

 人の血を飲む化け物。
 人の血を奪っていく簒奪者。
 その怪物は、私だけを見逃した。
 何故殺さないと問えば、ソレは。

「なに、同類相哀れむ、というヤツだ」

 言って、笑いながら言って、消滅した。
 それが私の関係者だと思うと、怒りで暴れ出しそうにな
る。
 エルトナムの血を穢した者。
 エルトナムの血を穢した私。
 もう、とうに戻れないこの体。

「このあたりはハズレかな。やっぱり街中が怪しいと思う
んだけど」

 ……赤。赤色は好きではない。

「とりあえず戻ろうか。次は、そうだな」

 ……血。血を連想するものは嫌いだ。

「……シオン?」

 ……それを必要とするモノたちなんて、誰が――――

「シオン、おい、大丈夫かシオン……!」

 ……だから、許さない。
 ただ一人私を見逃したアイツを、
 見逃されて生きのびている私も、
 この、不出来で不自由な肉体も。

 ……そう。
 私は今度こそ、この真夏の夜の夢に、幕を下ろしてやら
なければ――――



遠野志貴
「……っと。なんとかここまで連れてこれたな」

 倒れてしまったシオンをベンチで休ませる。
 彼女は苦しげな顔のまま意識を失っていた。

 ……シオンは持病持ちなのかもしれない。
 会う度に顔色は悪くなっていくし、さっきだっ
て倒れそうになっていたし。

遠野志貴
「……さて、これからどうしたものか。シオンの
寝床なんて知らないし、かといってこのままにし
ておくっていのも問題あるしな……」

 シオンが起きるまでここで付き添っているのは
当然だとしても、出来れば場所は移したい。
 何故なら――――

遠野志貴
「……深夜、この場所にいて良かった試しがない。
 さっきだってアルクェイドと一波乱あったばっ
かりだっていうのに」

 しかし、かといってシオンを連れて行ける場所
はなかった。

 うちは……当然、大却下。
 秋葉、翡翠、琥珀さんにどんな目で見られるか
知れたもんじゃない。

 先輩の部屋もアルクェイドの部屋も同意。
 そうなるとここで朝まで看病するしかない訳だ
けど……


「その危惧は解るぞ、人間。
 この場にいては、いつぞやの夜を思い出すと恐
ろしいのだろう」

遠野志貴
「――――!?」

 突然の声に振り返る。
 そこには――――


ネロ・カオス
「染みついた恐怖は拭えぬモノだ。
 それはが自身より生じた闇であれば、忘却する事
さえ困難だろう」

遠野志貴
「おまえ――――なんで、ここに」

ネロ・カオス
「何故も是非もない。私は私として此処に在る。
偽物でなければ真作でもない。生まれ出でぬモノ
であろうと、屍と朽ちたモノであろうと、有ると
されるのなら偽り無く具現しよう」

 黒い外套の吸血鬼。
 かつてこの手で倒した筈の敵、666匹の使
い魔で武装した混沌がにじり寄ってくる。

「――――やる気、か」

ネロ・カオス
「無論。殲滅を望んだのは貴様だ。呪いとは術者
に返る自己の罪。
 故に―――祟りとは、自己を滅ぼす妄念である」


遠野志貴
「くっ――――!」

 黒いコート翻る。
 その間から迸る無数の獣。

シオン
「退きなさい、志貴……!」

「っ……!」

ネロ・カオス
「ほう、もう一人いたか。しかも魔術師。回路こ
そ少ないが、蓄えは上質だな」

「魔術師食いは久しぶりだ。
 安心して委ねるがいい。知らぬ仲ではないのだ、
無駄なくその叡智を引き継ごう」

シオン
「志貴、貴方―――よりにもよって、こんな場所
でアレを想像したんですか……!」


遠野志貴
「うわ、アイツが出てきたのってやっぱり俺のせ
いなのか!?」

シオン
「タタリは人に影響を与えるだけの憑き物ではな
い、と言ったでしょう。
 実際有り得ない“怪物”を生み出すのも、人の
不安に因る物です。

 志貴にとって、ネロ・カオスはその二点を備え
た最悪の祟り。だからこそ、満月を待たずしてタ
タリはああして実体を持ったのです!」

遠野志貴
「な―――ってコトは、アイツ……?」

シオン
「ええ、アレこそタタリと呼ばれる死徒。……予
定は早くなってしまいましたが、こうなっては仕
方がありません」

 身構えるシオン。
 ……現れた吸血鬼は、以前のまま、悠然と俺た
ちへとその魔手を向けようとする。

遠野志貴
「―――上等だ。一度仕留めた相手、こうなった
ら何度でも相手になる……!」

 ナイフを構えて吸血鬼へと向き直る。

 俺のナイフと、シオンの糸。
 そしてヤツび咆哮はまったくの同時に、満月の
下で交差した――――


遠野志貴 vs. ネロ・カオス


勝利
K 幻影の夏、虚言の王

敗北
L 虚言の王

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