MELTY BLOOD

MELTY BLOOD
-Re・ACT-

■ストーリーモード■

2/アトラスの娘
Sion Eltnam Atlasia

Bルート


シオン
「つっ……!」

遠野志貴
「そこまでだ。何のつもりか知らないが、これ以
上やりあうのは無意味だろう」

シオン
「はい、私の敗北です。貴方のデータは揃ってい
たというのに読み切れなかった。
 ……綱渡りのような道行きでしたが、まかさ入
り口で終わってしまうなんて」

遠野志貴
「……………」


シオン
「どうしました。私には抵抗する余力はありませ
ん。勝手な言い分ですが、できるだけ上手にして
くれれば助かります」

遠野志貴
「……上手にって、あのな……君は俺を知ってる
みたいだけど、ヘンな勘違いしてないか? 俺は
血に飢えてる殺人鬼ってワケじゃないんだから、
頼まれたって人を殺したりはしないよ」

シオン
「殺人鬼では、ない?」

遠野志貴
「ああ。だから倒れた相手に追い打ちもしない。
ケンカなんてしないに越したコトはないだろ。
 君が俺を襲わないって約束するならおとなしく立
ち去るよ。――君、吸血鬼に見えないし」

シオン
「……困りました。私は黙秘は使いますが、虚言
はできません。ですから、また貴方を襲わない、
とは約束できない」

遠野志貴
「え……出来ないって、つまり……その」

シオン
「はい。この傷が癒え次第、貴方を拘束します」

遠野志貴
「――――」

シオン
「それが嫌ならここで私を殺すべきです。貴方な
らそれは容易でしょう」

遠野志貴
「………………ばか、容易なもんか」

シオン
「? 何か言いましたか、遠野志貴」

遠野志貴
「言ったよ。またヘンなのに関わっちまったなっ
てボヤいたのっ! ……ああもう、なんだってこ
うドイツもコイツも――――」

シオン
「――――不可解です。
私には、貴方が苦しんでいるように見える」

遠野志貴
「俺には君の方が不可解だけどね。
 けどアレだろ、君も自分の言い分は曲げないっ
てんだろ」

シオン
「はい。私の解が間違えでない限り、私は私を変
更しない」

遠野志貴
「だろうな。そういう顔してるよ、君。
(っていうか、そういうヤツにばっかり出会うん
だ、俺は)」

「だからまあ……その、そっちの事情を話してく
れないか。さっきから俺をどうこうするって言っ
てるけど、その理由ぐらい話してくれてもいいだ
ろ」

シオン
「……私の事情、とは目的の事でしょうか」

遠野志貴
「ああ。なんとなくさ、君は悪人に見えない。
 事情があるのなら聞くよ。……その、俺を襲っ
てきた理由にも興味はあるし」

シオン
「……解りました。私も貴方が悪人ではない事は知っ
ていたし、いま再確認しました。
 遠野志貴には、初めから事情を話しておくべきで
した」

遠野志貴
「?」

シオン
「私の目的は吸血鬼化の治療です。
 吸血鬼に噛まれた人間を元に戻す方法を、ずっと
研究してきました」

遠野志貴
「吸血鬼化の治療……?」

シオン
「はい。貴方も吸血鬼に噛まれ、人間でなくなっ
た知人がいるのなら判るでしょう。

 吸血鬼に冒された人間の末路は死です。
 吸血鬼に成る方法はあるというのに、吸血鬼か
ら人に戻る方法はいまだ確立されていません。

 多くの魔術師がこの研究に挑み敗れ去っていま
すが、私は敗れるつもりはない。
 不可能とされる事を可能にする。それがアトラ
シアの条件であるかぎり」

遠野志貴
「……………」

シオン
「遠野志貴。貴方になら、吸血鬼化を治療したい
という私の気持ちが分かる筈です。私と同じ、目
の前で吸血鬼になってしまった友人がいるのです
から」


遠野志貴
「―――――――。
 よくそんな事を知っているな、おまえ」

シオン
「ぁ……いえ、私に心遣いが足りませんでした。
気に障ったでしょうか」

遠野志貴
「……いや、いい。俺も大人げなかった」

「話はわかったよ。……吸血鬼化を治療したいっ
ていうのは、なんていうか――そんな事を言われ
たら、君を憎む事はできなくなる」

「けど、どうして俺を襲ったんだよ。
 別に俺は吸血鬼になってる訳でもないし、吸血
鬼に詳しい訳でもないよ」

シオン
「もちろん貴方自身はサンプルにはなりえません。
 私は真祖の協力を求めてこの国に来たのです」

遠野志貴
「え―――真祖ってアルクェイド?」

シオン
「はい。吸血鬼化の治療法を探るのなら、死徒の
元となった真祖を調べなければ。

 死徒に関する資料ならば教会に揃っている。
 けれどそれだけでは鍵が足りないから、不可侵
とされていた真祖を調べるしかなくんったのです」

遠野志貴
「……そうか。けどアルクェイド、そういうの嫌
がると思うよ。アイツ、なんていうか気まぐれな
所があるから」

シオン
「承知しています。気高い真祖が人間の頼みなど
聞いてくれる訳がない。だからこそ、遠野志貴に
交渉役を頼みたいのです」

遠野志貴
「こ、交渉役って俺のコト……!?」

シオン
「(こくん)」

遠野志貴
「ばっ、ダメだってば、俺の言うコトなんてアイ
ツが聞くもんか! なんだってそんなコト言い出
すんだよ、君は!」

シオン
「え……あの、だ、だって貴方は、真祖のこ、こ
こ、恋人では、ないですか」

遠野志貴
「――――」

シオン
「貴方が間に入ってくれるのなら、少なくとも話
はできるでしょう。ですから、まずは貴方を確保
したかったのです。……それも、こちらの油断で
このような結果になってしまいましたが」

遠野志貴
「む……油断って、さっきのコト?」

シオン
「はい。遠野志貴の情報は全て揃っていました。
数値的には互角なのですから、熟知している分、
私の方が勝率は高かった。だと言うのに敗北した
のは、一重に私の能力が及ばなかったからです」

遠野志貴
「……? あの、それって油断って言うんじゃな
くて、その……単に実力って言うか―――」


シオン
「な、何を言うのですっ! 今のは油断です!
余分です! 乃第点以下です!
 計算を間違えたのは私のミスでしたが、実力で
は私の方が勝っています!

 大体ですね、貴方がどのような行動をとるかな
んて一時間前に全て予測できていたんです。私が
遅れをとったのは回避率0.5%以下の箇所で数
値を振り分けられなかっただけではないですか!

 つまりその箇所さえ間違わなければ立場は逆転
していたのです。まったく、そんなことも判らな
いのですか貴方は!」

遠野志貴
「え―――あ、はい、すみません」

シオン
「あ……いえ、失礼しました。この話題は避けて
いただけると助かります」

遠野志貴
「(……なんか。今までとは違ったタイプだな、
この子……)」

「じゃあ話を戻すけど。つまり、本当なら俺を捕
まえてアルクェイドをおびき寄せてたってコト?」

シオン
「はい。そこで正式に、真祖に協力を要請するつ
もりでした」

遠野志貴
「そうか、だから今でも諦めないんだな。
……うん、まあ……そういう事なら、いいか」

シオン
「? いいか、とは何がでしょう?」

遠野志貴
「だから、アルクェイドとの仲を取り持つぐらい
はしていいよってコト。……まあ十中八九アイツ
は断るだろうけど、そうしないかぎり君は諦めな
いんだろ?」

シオン
「(こくん)」

遠野志貴
「ほら、協力するしかないじゃないか。
 だから手を貸すよ。正直、君の研究ってヤツに
は応援したいし」

シオン
「え………私を、応援する………?」

遠野志貴
「ああ。そりゃあいきなり殴りかかられたのは驚
いたけど、そんなのは今のチャラだ。
 ……君の研究が叶うのなら、少しは―――彼女
も、報われる気がする」

シオン
「………………」

遠野志貴
「アルクェイドの事は俺がなんとかするよ。って、
実は俺もアイツを捜してるんだ。街の騒ぎがどう
も気になってさ、アルクェイドなら知っているかなっ
てアイツの所に行ったんだけど―――」

シオン
「真祖は姿を眩ましていた、のですね」

遠野志貴
「そう。だから街を巡回しながら、噂の吸血鬼と
気紛れお姫様を見つけだそうって思ってた」

シオン
「……解りました。それでは私は、貴方の目的に
手を貸しましょう。噂を捜しているというのなら、
私は貴方より早く噂の吸血鬼を発見できる」

遠野志貴
「え、ほんと?」


シオン
「はい、本当に噂の吸血鬼が存在するのであれば。
 情報収集は私の管轄です。バックアップさえあ
れば、一日程度でこの街全ての人間をリードでき
ますから」

遠野志貴
「―――いや、よくよく分からないけど、そこま
でする事はないんじゃないかな」
(……というか、目つきが恐かったぞ、今)

「でも、そうだな。手を貸してくれるなら助かる。
正直一人じゃ限界を感じていたところだし」

シオン
「では私は噂を追ってみましょう。貴方は」

遠野志貴
「アルクェイドを捜して君の前まで連れてくれば
いいんだろう。それならなんとかなりそうだけど、
その前に」

シオン
「その前に?」

遠野志貴
「君、シオンって言ったよな。協力しあうんだか
ら名前で呼びあった方がよくないか?」

シオン
「――――――――――――――――――――」

「……そうですね。それでは私の事はシオンと。
 貴方の事は―――」

遠野志貴
「ああ、志貴でいいよ」

シオン
「――――――――」

「……し、志貴」

遠野志貴
「うん、そう呼んでくれればいい」

シオン
「……志貴」

遠野志貴
「うん」

シオン
「志貴。」

遠野志貴
「だから、それでいいって」

シオン
「……………………………………………………
………………………………………………………」

「……………。
 それでは、私は吸血鬼の情報を追ってみます。
 志貴は真祖との話し合いの席を用意してください」

遠野志貴
「ああ。けどすぐって訳にはいかないぞ」

シオン
「当然です。お互い準備に時間がかかるでしょう。
ですからまた明日、夜になったらこのビル前で落
ち合いましょう」

遠野志貴
「オッケー。それならなんとかなりそうだ」

シオン
「志貴。少し、よろしいですか」

遠野志貴
「えっ……? なに、頭にゴミでもついてた?」

シオン
「……似たような事です。それではまた、明日の
夜に」

遠野志貴
「ああ、それじゃ明日―――って、なんだか懐か
しいな、これ。一年前を思い出す」

シオン
「?」

遠野志貴
「なんでもない。それじゃまた明日の夜な、シオ
ン!」

シオン
「……はい。それではまた明日、志貴」





―――その夜も、気が狂いそうな程暑かった。

「水、を……!」
 水分を求めて走った。
 夜の森を走った。
 山道は険しく、周囲は地獄だった。
 歩き慣れた砂漠に比べれば、木々が乱立した山道は針の
山みたいだった。
 同行していた騎士たちは皆死んだ。
 生き残りはいそうになかった。
 村に戻れた。
 村人は皆死んだ。
 井戸は枯れていた。
 川は死体で埋まっていた。

 それでも、水を求めて地面を這った。

「あ、はあ、あ……!」

 咽ても飲んだ。
 生き返るようだった。
 そのうち何かが絡みついた。
 服のようなそれは、際限なく絡みついてきた。
 邪魔なので何度も引っ張った。
 剥がしても剥がしても、水には布が絡まってきた。

 川に口をつけるたびに絡まってくる。
 はがしてもはがしても、ずる、と指に絡まってくる。
 それは。
 ずる
 ずるずる
 ずるずるずる
 ずるずるずるずる
 ずるずるずるずるずるずるずるずる…………!
 皮膚だった。布状になった人間だったモノの亡骸。つま
 り死体。中身をすべて飲まれた死体。だらしなくずるず
 ると敷き詰められ押し込められ弛みきった何百人という
 人間の外皮外皮外皮外皮外皮外皮外皮…………!!!!

「は、あ…………!」

 ――――それでも、水が欲しくて飲んだ。

 川につまったずるずるが邪魔でも口をつけた。
 着ぐるみのような顔が滑稽だった。
 そう、骨抜き 肉無し 内臓空っぽ。
 衣類みたいになった人間で川は埋め尽くされていた。
 人々は飲み尽された。
 血液ごと、あの吸血鬼に飲み尽されたんだ。

 ――――なんてアクム。まるでタタリ。

「アトラシア。おまえだけでも生き残れ」

 騎士団の一人、唯一の知人が言った。
 盾の騎士。彼女は女性だった。
 だから生き残れた。自分と同じ。

 逃がしてもらった。
 彼女は、おそらく――――

     山道を走った。

                夜明けまで走った。

           出口などなかった。

              呪いは自身に返る。

 私を呪う私は、私から逃げられない。

                    目の前には


――――真っ黒い貌の“何か”が。

 ごくごくと飲んでいた。
 飲み込む以上の血液を、ソレは両目からこぼしていた。
 だから足りない。
 幾ら飲んでも満たされない。

「キ、キキ、キキキキキ……………!!」

 血の涙を流しながらソレは笑った。
 黒翼がはためく。
 黒い眼がにじり寄る。
 ぼたぼたと赤黒い血が零れていく。

 ――――もうじき夜明け。
     逃げようと這った足首に

         ぬたり、と。

          泣き笑いをする飲血鬼が――――



 そうして、私は目覚めた。
 ……時刻はまだ日中。
 夢の中と同じように、今日も街は暑苦しい。

 日中歩き回るのは苦手だと思う。
 そもそも私たち錬金術師は建物の中で生きる者。
 こういった肌を焼く陽光には慣れていない。

 それでも約束がある。
 彼――志貴と約束をした。彼の代わりに『吸血
鬼』とやらの情報を集めなければ。

2段目
 経度では計れない。時間に法則性はない。それ
でもソレは初めから定められた区間に現れる。
 誕生するのはでないのが厄介。偶然性など当て
にするな。偶機に見えるモノこそ数奇。盤上には
全ての駒。動き方は決まっているので未来は容易。

3段目
 街の様子は変わらない。
 人の居ない大通り。
 陽炎に煽る街並。

1段目
 どうして私は志願したのか。
 アレが発生したのは西欧の山村。錬金術師が必
要だったのなら、ブラハの錬金術師を選抜すれば
良い。だというのに、教会は我々アトラス学院に
協力を要請した。

3段目
 たまに人とすれ違うクセに、振り返れば誰もい
ないおかしな空虚さ。

2段目
まず条件を限定する。ソレが発生しやすい土地、
文化、人口。加えて世界情勢のシュミレート。ラ
ンダムに台頭するエースの存在も考慮に入れる。
パターンは二千ほど組み上げれば良しとする。数
値が揃ったのなら始めよう。可能性だけの数はい

3段目
「――――――――」

1段目
 私は自ら手を挙げた。彼等は計算が必要だと
言ったから、私が計算してやろうと思ったのだ。
 そう、私たちは計算しなくてはならない。
 それこそがアトラスの錬金術師の基本であり全
てだ。

3段目
 暑い。
 砂漠生まれの私でもこの暑さは堪える。

2段目
らない、候補は最適化し絞りこむ。該当区間は地
球上述べ十万と二千五百。
 それだけの数がソレの発生区域となる。台風は
気圧を測れば何時何処に発生するかは読みとれる。
それと同じ。ならばソレの順番も大まかに把握で

3段目
 早く大きな建物に入って、集まっている脳から
情報を引き出そう。

1段目
 魔術回路が乏しい私たちは、魔力に依る神秘の
実行は出来ない。
 だからこそ、唯一自由になる脳に依る神秘を実
現させるのだ。
 私たちは星を読み、風を読み、人を読み、世界

3段目
 私の二つ名は霊子ハッカー、シオン、エルトナ
ム。
 神経に強制介入するモノフィラメント、エーテ
ライトはこの為にある。

2段目
きる。問題は。問題は。問題は、そう、ソレが何
を第一において条件付けをしたのか、という推測。
 元々何が原因で起きた現象なのか。
 ソレは何を求めていたのか。永遠? まさか。
 そのような愚考。何故求める必要がある。永遠

3段目
 人間の脳を破壊する事が目的ではないのでクラッ
カーとは呼ばれない。

1段目
を読む。情報を揃えて事象の系統樹を作り上げる。
 ラプラスの悪魔は、つねに我らの脳髄に憑く。
 私たちは無限とも言える確率に干渉し、限られ
た展開式をお膳立てし、“未来”を“読む”のだ。

3段目
 ……いや、別にそんな事をしなくてもいい筈だ。
 私は、そもそも。

2段目
に生きる事に意味はあるのか。あるのだろうか。
 不可能を可能にしたい? ああ、そもそもどう
して私たちは、人間である事に拘るのだろう?



1段目
――――止まれ。止まれ。止まれ。止まれ。

2段目
――――止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。

3段目
 ――――混乱している。黙ってほしい。カット。
カットしないと、私はまた悪夢の影響を受けてい
る。冷静に。冷静に。カット。カット。自分の思
考を、止めないと。



――――――三番停止。


                  ――――――七番停止。


       ――――――二番停止。


             ――――――六番停止。

「………………っ」

 疲れが溜まっているみたい。
 喉は渇いて苦しいし、疲れた体はキシキシと軋
んで縮んでいくようだし。

「は――――あ」

 肺にたまった空気を吐き出す。
 吐息は熱くて火のようだった。

「くる……し」

 微かな目眩がする。
 休まなければ。本当にまともな睡眠をとらない
と負けてしまう。
 私は、もってあと二日か三日。

「でも、私はまだ活動できる」

 動くうちは動く。それは生物として当たり前の
事だ。
 昨夜の戦闘によるダメージが抜けきっていない
が、活動に支障はない。

シオン
「ああ――そういえば。昨日は、本当に油断して
しまったんですね」

 志貴の能力は判っていた。
 なのに彼の戦闘経験を明確に理解していなかっ
た。

 たった数回の戦闘と言えど、志貴が相手にして
きたモノは二十七祖や教会の代行者だ。

 それだけの強者を相手にしてきたのだから、私
なんて普通の敵にしか見えなかっただろう。

シオン
「少し、残念です」

 ……? なんだろう、今の発言は。
 志貴には協力して貰える事になった。
 なら問題は何もない筈なのに、何が残念なのか。

シオン
「エーテライトなら打ち込んである。もし彼が協
力を拒んでも、すぐに位置は割り出せる」

 志貴と協力関連になった後。
 私は彼の頭に直接触れて、エーテライトを接続
した。

 遠隔操作ではなく直接に打ち込んだエーテライ
トは志貴の神経に深く食い込んでいる。
 だから――――

シオン
「いざとなれば、これで」

 ……なんだかますます気分が悪くなった。
 ……余分な事を考えるのは止めよう。
 とにかく、今は彼との約束を果たさないと。

 情報収集は容易く終わった。
 街の住人は、その大部分が“吸血鬼”の再来を
知っている。

 だがその信憑性は薄く、志貴が知っている情報
と大差ないものだ。

シオン
「なのにみな噂を否定しない。信憑性が皆無だと
いうのに、当然のように認められている噂……」

 街の人々は誰もが悪い予感を抱いている。
 無人の街並みは彼等の心の在り方だ。
 街は今日も、そして明日も暑く揺らめくだろう。

 舞台は記録的な猛暑に襲われているだけの街。
 そこに生じた何か発端の判らないおかしな齟齬。
 よくない思い付き、不吉な予感、賽の裏目。

 偶然か、“不安”と呼ばれる虞れが次々と現実
化する暗い夜。
 一度も殺人事件など起きてはいないのに“いる”
とされる、帰ってきた吸血鬼。

 そして。
 無人と化した深夜。ビル街を徘徊する謎の影。

シオン
「……悶えるような熱帯夜のなか、月はじき真円
を描く……その時までに、私は」

 この、正体の判らない“噂”を、確かなカタチ
に導かなければならないようだ。

 シオンは時間通りにやってきた。

シオン
「こんばんは。時間通りですね、志貴」

遠野志貴
「そっちも時間通り。どっかの誰かとは大違いだ」

 ……いや、アイツは思いっきり早く来たり、来
ていたクセに隠れていたり、と時間そのものは守っ
ていたワケだけど。

シオン
「志貴。真祖の件はどうなりましたか」

遠野志貴
「それなんだけど、どうも捕まらなくて。アルクェ
イドの部屋に書き置きしておいたから、明日には
なんとか」

シオン
「そうですか。彼女が行方を眩ましているのであ
れば、確かにそう簡単にはいきませんね」

遠野志貴
「そうそう。アイツ気紛れだから、こっちの事情
なんて知らずに遊び回ってるに決まってる」

シオン
「そうでしょうか。真祖は意図的に志貴から離れ
ているのではありませんか?」

遠野志貴
「―――意図的にって、シオン」

シオン
「ですから、街に再来した吸血鬼と真祖である
可能性もある、という事です」

遠野志貴
「それはない。アルクェイドはそんな事は絶対に
しない」

シオン
「……絶対。そう言い切れるなんて、志貴は凄い
のですね」

遠野志貴
「え――――あ、うん、どうも」

 間の抜けた返答をしてしまった。
 なぜか、シオンの言葉は皮肉ではなく感心した
ような響きがあったからだ。

遠野志貴
「と、とにかくアルクェイドは人間の血は吸わな
い。シオンは知らないかもしれないけど、アイツ
は―――」

シオン
「吸血鬼ではない、と言うのでしょう? 志貴が
そう言うのなら、真祖はそうなのでしょう」

「ですが、この街に吸血鬼が再来したというのな
ら、真祖以外に吸血鬼がいなくてはおかしい。人々
の噂にはモデルとなったモノがある筈ですから」

遠野志貴
「噂のモデル……? それって一年前の事件だろ」

シオン
「それはモデルではなく原因でしょう。ここまで
明確になった噂には、必ず目撃談がなくてはなら
ない。

 なら真偽はさておき、“夜に徘徊している謎の
人物”という実像がないとおかしいではないです
か」

遠野志貴
「……?」

 シオンの言う事はちょっと判りづらい。
 いや、そもそも―――

「シオン。訊き忘れていたけど、君って何者なん
だ。吸血鬼の研究をしているって言うけど、それっ
て――」

シオン
「私は錬金術師と呼ばれる者です。志貴も魔術師
については知っているでしょう。こちら側にはシ
エルという人物が所属する“教会”の他に、魔術
協会と呼ばれる組織があります」

「私はその魔術協会の一員です。協会は三大の部
門に別れていて、そのうちの一つ、アトラスと呼
ばれる部門に属しています」

「協会は吸血種といった超越者たちを敵視してい
ますが、魔術協わたしたち 会は彼等ともそれなりの協定を結
んでいます。

 ……そうですね、黒でもなければ白でもない武
力団体……というのが正しいでしょうか」

遠野志貴
「……魔術協会……」

 ……はあ。そうなると先生も協会とやらに入っ
ているんだろうか。ならシオンは先生を知ってい
るのかもしれない。

シオン
「知りません。志貴の先生はロンドンの問題児で
すから、アトラス院生である私とは関わり合いが
ありません」

遠野志貴
「そうなんだ―――ってシオン、君いま……!?」

シオン
「志貴の考えはだいたい判ります。そうでなくと
も、志貴は思考が顔に出るようですから」

遠野志貴
 ……む。秋葉たちに言われて慣れっこだけど、
まだ知り合ったばかりのシオンに言われるのはちょ
っとショック。

「……まあいいけど。それじゃこれからどうしよ
うか。俺の方は結果待ちだから、先にシオンが集
めた情報を教えてもらうのはフェアじゃないよな」

シオン
「構いません。私が集めた情報は志貴が知ってい
る情報と大差ないのです。ですから、私からも志
貴に伝える事はありません」

遠野志貴
「ありゃ。それは困った」

シオン
「ですね。こうなっては、やはり足で立証を得る
しかないでしょう。再来した吸血鬼、噂の元となっ
た誰かを捜すのなら、夜の街を巡回するしかない」

 ……むむ。やっぱりそれしかないか。
 なんか、ますます一年前じみてきた気がする。

シオン
「それと……これは提案なのですが、志貴。探索
は二人で行いませんか。私はこの街に不慣れです。
志貴が案内してくれると無駄が省ける」

遠野志貴
「え……そりゃあ一人より二人の方が心強いけど、
いいのか? シオンの目的は吸血鬼の研究だろ。
 なら……」

シオン
「噂の元が真祖でない、とは言い切れないでしょ
う? それに志貴の目的が果たせれば、志貴が真
祖を捜す時間が多くなるのは道理です。

 私だけで真祖を見つけても意味がないのですか
ら、志貴には早く自由になってもらわないと。
 こんな事、口にするまでもないと思いますが」

遠野志貴
「――――」

 なるほど、そういう考えもありか。
 それなら、まあ。

遠野志貴
「じゃあ、お互いギブアンドテイクという事で」

シオン
「はい。出来うる限り、志貴の目的に協力します」



遠野志貴
「―――随分歩き回ったけど成果なしか。確かに
街はヘンに静かだけど、おかしな雰囲気ってワケ
でもないんだよなあ……」

シオン
「まだ噂の域を出ていない為でしょう。時間が経
てば嫌でも犠牲者は出てきます」

遠野志貴
「? シオン、それってどういう――――」

「危ないっ!」

「止まりなさい!」

遠野志貴 「誰だ――――!」

「せ……先、輩……?」



シエル
「遠野くん……!?
 そんな、なんで遠野くんが彼女と一緒に――」

「――シオン・エルトナム。貴方、まさか」

シオン
「思い違いです、代行者。
 私は志貴に協力を要請し、志貴はそれに応えて
くれました。

 そこに強制はありません。貴方が危惧している
ような事は、決して」

シエル
「……そうですか。では、そこの少年は貴方とは
無関係という事ですね。ここで貴方が襲われよう
と、貴方は彼に助けを求めない」

シオン
「――――」

遠野志貴
「せ、先輩、ちょっと待った!
 なにか事情がありそうなのは判るけど、いきな
り黒鍵を投げつけてくるのは」

シエル
「遠野くんは黙っていてくださいっ。
 ……まったく、どうしてこういつもいつも厄介
事に顔を出すんですか!

 それとも可愛い女の子の頼みならなんでも聞いて
あげちゃうって言うんですか貴方は!」

遠野志貴
「あ――いえ、決してそんなコトは」

シエル
「とにかく、遠野くんが横から口を出そうが聞き
ません。邪魔をするというのなら、おしおきの意
味も込めて相手をします」

「そしてシオン・エルトナム・アトラシア。
 貴方は発見次第、保護、もしくは拿捕 だほ するよう
にと教会から手配されています。

 アトラス協会からも同様の要請を受けています
が、何か反論はありますか」

シオン
「――ありません。ですがここで捕まる訳にもい
かない。私を捕えるというのなら、貴方を破壊す
るだけです」

遠野志貴
「そうだよ、いきなりそんなコト言われても――

 って、ええー!? シ、シオン! 君、今なん
て言った!?」

シエル
「従う気はない、という事ですね。
……いいでしょう。――教会の代行者として、
貴方を捕縛します」

「ま、ついでに反省の意味を込めて、そこにいる
協力者さんにも痛い目にあってもらいますが」

遠野志貴
「うわ、先輩ってばどーしてそうやる気まんまん
なんですかー!」

戦うのは―――
>志貴
 シオン


遠野志貴 or シオン vs. シエル


勝利
D 猛暑、ところにより嘘。

敗北
E 謳え、汝ら蠅の如く

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